第1章〜幼なじみは絶対に勝てないラブコメ〜⑫
〜白草四葉の思惑〜
「それじゃ、また明日な!」
少しだけぎこちなさの残る表情で、別れのあいさつを交わした彼が去ったあと、教室のドアが閉まりきるのを確認し、
(ワァ〜〜〜〜ッ!)
と、声にならない声をあげて、わたしは教室の自分の席に顔を伏せる。
(ヤバい! ヤバい!! ヤバい!!!! ナニやってんの!? わたし……)
つい先ほどまで、クロの両手が触れていた左足は、いまも熱を帯びたように熱く感じる。
――――――と、同時に、額からも汗が吹き出るのではないかと思うほど、自分の顔が紅潮していることに、今さらながら気づいた。
一度たりとも異性に触れさせたことのない自分の身体の箇所を、学校内の教室で、しかも、黒田竜司相手に触れさせた、という事実を思い返すだけで、この興奮は、しばらくの間、引きそうにない。
机の上に組んだ両手に額を預け、頬の火照りを感じながら、
(どうして、こんなことになっちゃったんだろう?)
と、思い返す。
少しずつ冷静な思考を取り戻してきた頭で考えると、直接的なキッカケは、クロからの熱い視線を感じたことだ。
本人は気づかれていないつもりだったかも知れないが、暗い情熱とでも言うべき、その視線を感じた時、なぜか、わたしの中に、
「その情熱を受け止めよう」
という想いが湧いてきた。
クロと出会ったばかりの小学生の頃、わたしの歌う姿を見つめる彼の情熱的な視線を受けた時のことを思い出す。
どれだけ気分が落ち込んでいても、
(その視線が、わたしを甦らせる。何度でも――――――)
そんな風に感じている自分に気づく。
わたしにとって、クロの視線は、それだけ特別な意味を持っているのだ。
そして、もうひとつ、わたしの気持ちを和ませたのは、ほんの十分ほど前にクロの親友の黄瀬クンが、送ってきたLANEのメッセージ。
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さっきのゲームのことだけど…
竜司がホーム画面に設定してる
カ◯ンチャンは、女子ウケの
悪いキャラかも知れないケド…
幼い頃に主人公と出会って、
その思い出を大切にしながら、
主人公にアプローチしてくる
キャラクターなんだよね
竜司は、カ◯ンチャンの
そんなトコが気に入っている
じゃないかと思うんだ……
知らんけど
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相変わらず、最後は責任を回避するかのような文面だったが、その内容から、友人の趣味と志向をを良く理解していること、そして、わたしとクロの関係に気を使ってくれていることが伝わってきて、気持ちを和ませるには、十分なモノだった。
(ふ〜ん、そういうコトか……クロの趣味も、悪くはないじゃない)
そう考え直したことを思い出し、さらにその前に、彼が、わたしに伝えてきたことを思い出す。
「シロには、舞台に立つだけで、周りの人間に輝きを与えたり、奮い立たせるチカラがあるんだぜ!」
「だから、シロは、オレにとって、絶対に必要な存在だ! オレのチカラがあれば、シロの魅力をもっと多くの人たちに伝えることができる! だから――――――」
(シロは、オレにとって、絶対に必要な存在だ!)
なんて、そんなことを言われたら……。
その言葉は、ある意味で、自分の計画通りにコトが運んだ土曜日の盛大な告白よりも、ずっと胸にササるモノだった。
(もう……『相手を驚かせるような告白の仕方は、ダメだ』って言ったのに……)
先月、彼に行ったレクチャーを思い返しながらも、さっきまでとは異なる頬の火照りを感じつつ、同じく、ニヤニヤと頬が緩むのを止められない。
(もう……本当に、しょうがないなぁ……クロは……)
そうして、心の底から湧き上がって来る充足感とも言うべき、満ち足りた感情に浸りながら――――――。
最後に、この教室に走って戻ってきた、そもそもの発端となる出来事を思い出し、わたしの心は一転して、冷静さを取り戻した。
今朝、わたしたちの教室にあらわれた下級生の佐倉桃華……。
クロと黄瀬クンの中学校の後輩だと名乗る彼女が、わたしに突っかかってくる理由は、深く考えなくても、よ〜く理解できる。
(彼女も、クロ……黒田竜司のことを――――――)
同じクラスの紅野サン(同じクラスになって一ヶ月が経ち、自分の中でも、この呼び方がシックリくるようになった)については、クロの気持ちがどうあれ、彼女自身から積極的にアプローチをするタイプではないことがわかってきたので、安心していたのだけれど……。
まさか、新学期開始から、ひと月以上が経って、こんな強烈な個性を放つ一年生が、自分たちの前にあらわれるとは思ってもみなかった。
あの、クロの失恋動画を目にした春休みからこれまで、
(彼の気持ちを紅野サンから、わたしの方に向けておけば、あとは時間が解決する問題だ)
と考えていたけれど、どうやら、事態は、それほど都合よく進むわけではないらしい。
残念ながら、あの下級生と同じように、広報部に入部して、クロとの関係性をさらに深める、というプランを実行することはできなかったけれど……。
それでも、クロとの距離を縮めるための機会は、まだまだ十分にある。
そのためにも、《Benly》で、クロの動向を逐次、把握しつつ、彼が、これ以上、下級生との仲を進展させないよう、注意を払わないといけない。
そう考えながら、わたしは、次の計画を練ろうと思案を始めた。