第1章〜幼なじみは絶対に勝てないラブコメ〜⑪
「待て待て! スマホは放送室に置いてきたカバンの中だ……帰るまでに登録しておくから、それで良いだろう?」
彼女の食い気味の反応に面食らいながら、そう返答すると、シロは、「わかった……」と納得したようすではあったが、
「でも、なるべく早く登録してね……」
と、こちらに、クギを差すのを忘れなかった。いつもどおりのこととは言え、彼女の少々強引な態度に、「あぁ、そうするよ……」と、返答し、
「それじゃ、オレは放送室に戻らせてもらおうかな。このあと、部長や壮馬から、桃華に任せる仕事に関して、打ち合わせがあると思うから……何か必要なことがあったら、遠慮なく連絡してくれ!」
と付け加える。
すると、シロは、
「うん……わたしは、学校に残る必要がなくなったし、もう帰るね……クロ、色々と、ありがとう」
と、屈託のない笑顔を返してくれた。その表情に、こちらも「おう!」と応え、
「それじゃ、また明日な!」
と、さわやかに(聞こえるように)言い残して、教室をあとにする。
そして――――――。
廊下に足を踏み出し、二年A組の教室のドアを締め終わったことを確認すると、
(やっば……!シロの脚に触れちまった……!!)
と、心の中の言葉が声に出ないよう、気をつけながらも、先ほどまで教室内でのシロとの行為を思い出し、動揺を隠せずにいた。
正直、ハイソックスを男子に履かせるという行為が、彼女にとって、ナニを意味するのか、自分には、まったく検討がつかない。
(あんなことをさせるなんて、いったい、シロはどういうつもりなんだ……!?)
そんな疑問が頭を駆け巡りつつ、やや冷静さを取り戻したオレは、さらに青ざめる。
放課後の教室で女子と二人きりになり、彼女の素足に触れていた――――――。
一連の行為は、あくまで彼女からの申し出に応じたものなのだが……。
客観的に見ると、これは、かなりマズい状況ではないだろうか?
校内および校外の人々の前で、シロに告白を断られたオレは、その経緯から、かなり不利な立場にある。
いくら、自分の意志でなく、彼女からの要請に応じたものだと、こちらが主張しても、
「すべて合意の上? 罪を犯すヤツは、みんなそう言うんだよ!」
という正義の鉄槌を下したい方々のセリフが、いまにも聞こえてきそうだ。
(どうすんのこれ…まじでやばい…オレさん…どうして…)
最後に、ぴえんの絵文字を付けそうになりながら、頭を抱え、重い足取りで校舎の階段を降りる。
しかし――――――。
オレの告白を、
「やっぱり、クロとは、ずっと友達でいたいな、って――――――」
という言葉で断ったシロは、相変わらず、オレに対して、以前と変わらずに接してきている。
いまから、時を遡ること一ヶ月前、紅野への告白に失敗したオレに対して、シロは、異性からの告白を受けた女子の気持ちを、
「告白を断ったあとで、相手のことが気になり始めた……って、ケースも少なくないから!」
と、解説し、
「たとえば、『フッてから異性として見るようになった』ってこともあるし、『相手が好みの容姿に変化した』って場合や、『告白のあとでも、変わらない優しさに惹かれた』ってこともね!」
そう言って、心情の変化を具体的な内容で、解き明かしてくれた。
その言葉が、シロ自身のいまの想いにも当てはまるなら、自分にも、まだ彼女に振り向いてもらえるチャンスはある、と希望を持てるのだが――――――。
しかし、もし彼女が、本当はもうオレと関わりたくない、と思っているなら――――――。
先ほどの行為を口実に、
「黒田クンに、無理やり素足を触られた」
と、周囲に訴えて、こちらに対して接近禁止措置を突きつけることも可能だ。
(もし、そうなったら……)
今度こそ、オレは、本当に登校することを拒否して、引きこもり生活に入ってしまうかも知れない。
(まさか、そんなことはないと信じたいが……)
小学生の頃の出来事や、恋愛アドバイザーとしての数々の講義、そして、つい最近までの二人の会話から、白草四葉という女子とは、心が通じ合っているのではないか――――――。
そう感じたことが、自分自身の思い込みに過ぎなかったことを先週末の出来事で、まざまざと思い知らされていたオレは、彼女の気持ちを推し測ることができず、これまでと同じようにシロと話せたことを喜ばしく感じつつも、モヤモヤした気持ちは消えないままだ。
そして、気分が晴れないままでいる理由は、もうひとつあった。
(シロのことに関しては、相手の気持ち次第だけど、もう一人、紅野のついては……)
同じクラスのクラス委員として、今年もともに仕事を任されることになった同級生のことを想うと、どうしても、自責の念に駆られてしまう。
同じクラスの女子二人のことを考えると、やはり、スッキリ気持ちを切り替えるということは難しい。
(でも、どっちも自分の責任なんだよな……)
そんな想いを引きずりながら、オレは、壮馬たちの待つ放送室に向かった。