第1章〜幼なじみは絶対に勝てないラブコメ〜⑦
校舎の最上階に位置する二年A組の教室のドアを開けると、予想どおり、シロは自分の席で帰り支度をしていた。
紅野の後ろの席にあたる前方から二列目の席で、通学カバンの中から何かを取り出しながら、シロは、教室内に入ったこちらをチラリと見たあと、再び目線をカバンに落とした。
「何しに来たの?」
視線を合わせないまま、問いかけてくる彼女に、シンプルに答える。
「シロと話しをしに来たんだよ……」
「部長さんに言われて? お疲れさま……でも、広報部がわたしを必要としていないように、わたしからも、黒田クンたちと話すことはないんだけど?」
オレが、彼女のことをシロと呼んでいるように、近ごろ、二人でいるときは、オレのことをクロと、小学生時代のあだ名で読んでくれていた彼女は、あえて「クン」付けで呼ぶことで、取り付くしまのない雰囲気を言外に醸し出している。
正直なところ、内心では、
(まったく、なんつ〜面倒くさいヤツだ……)
と感じつつも、こう答えた。
「申し訳ないが、シロは二つ思い違いをしている。一つは、ここには、オレ自身の意志でやって来たこと。もう一つは、広報部はシロの存在を必要としている、ってことだ」
こちらの言葉が響いたのか、彼女は、ピクリと肩を震わせたあと、
「どういうこと?」
と、たずねてきた。
(ヨシッ! 狙いどおり、突破口ができた)
そう感じながらも、表情には出さないよう、部長命令であるシロのフォローに入る。
もちろん、彼女を追うように背中を押してくれたのは、鳳花部長の「しっかり責任をはたしてくるように」という言葉だったので、『自分自身の意志でここに来た』というのは、その部長の指示を達成するための方便という側面もあるが……。
(主に桃華の煽り発言で)気分を害しているであろうシロをこのまま放っておけない、と感じたことは事実だ。
そして、人手不足のわりに、入部の条件がやたらと厳しい、我らが広報部の活動方針と部長がシロの入部を断った真意を、あらためて彼女に伝えておかなければいけない、というのが、オレの本心だった。
彼女が口にした疑問に、オレは、慎重に言葉を選びながら語りかける。
「せっかく、オレたちの活動に興味を持って見学に来てくれたのに……不愉快な想いをさせてしまって、申し訳ない。まず、それを謝らせてくれ。申し訳ない」
頭を下げて、謝罪の意志を示すと、シロは、
「別に……クロに頭を下げてもらう必要はないんだけど……わたしは、広報部に歓迎されていないみたいだし……特に一部のヒトにはね」
相変わらず不機嫌そうな口調で、言葉を返してくる。
「桃華か……あいつも、根は悪いヤツじゃないんだが……ただ、無駄に他人をアオるところがあってな……中学の時は、それが原因で周囲とトラブることがあったから、それを注意して、性格もかなり丸くなったと思ってたんだけどな」
おそらく、シロが不機嫌オーラを出す最大の原因になったであろう後輩のことを想像しながら語ると、
「ふ〜ん……あのコをかばうんだ?」
彼女は、相変わらず不満げな表情で返答する。
「いや、そういうわけじゃない! 桃華には、なるべく、二年の教室には来ないように伝えておくし、今後、もし今日みたいに、シロをアオるようなことを言って来たら、すぐに相談してくれ。広報部としても、キチンと指導するようにするから」
こちらが、そう返答すると、
「そう……まあ、あのコが、わたしたちの周りをウロウロしなきゃ、それでいいわ」
と、シロは、一応、納得したような表情を見せてくれた。
そこで、オレは、もうひとつの本題に入る。
「それと、もうひとつ……広報部が、シロを歓迎していない、というのは、完全に誤解だ」
そう、口にすると、彼女は、「どういうこと?」と、今度は口に出さず、表情で問いかけてきたので、続きを語らせてもらう。
「オープン・スクールのあと、あらためて、動画でシロたちのステージを見せてもらったんだが……相変わらず、スゴいパフォーマンスだったな。それに、ステージ上で共演していた鳳花部長のあんなに楽しそうな表情を見たのは初めてだった」
我ながら、未練がましいことだとは思うが、在校生だけでなく、オープン・スクールに参加していた中学生やライブ中継を視聴していた人たちの前で行った告白をシロに断れたオレは、直後に行われたパレードの待機のため、ライブでみることのできなかった彼女と鳳花部長のステージを壮馬たちが録画していた動画で確認していた。