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第二章 緋色の黄金 その3

「雲雀部隊の連中は何をやっているんだっ!」


 走行中の通信車の扉を開き、列車の後方を覗き込んだ穂積大佐が怒声を張り上げた。向かい風を受けて激しく揺れる髪以上に、声色が荒ぶっていた。

 春嶽も自身の髪を抑えつけながら、穂積大佐の背後から上空の戦場を見上げる。青空に広がった黒雲の中で、赤茶色の迷彩柄を纏う雲雀部隊が泳ぎ回っていた。

 雲雀部隊は最初こそ空を自由に駆け回って黒雲を引き裂いていたが、やがては数の差に押され始めた。そして今や、雲雀部隊の討ち漏らした黒鉄蜂が列車の付近を飛び交うようになっている。列車に留まる雲雀部隊の一部が奮戦しているため、瀬戸際のところで耐えている。だがそれもどこまでもつか。


「春嶽っ! 雲雀部隊は、雲雀部隊の皆様はご無事なのですか?」


 通信車の奥で葵が不安そうに声を上げる。


「ええ。今のところ、犠牲者はいないようです。ですが、先の北部防衛線の敗戦で多くの隊員を失ったためか、数に勝る黒鉄蜂に押されております」

「まあ、それは一大事ではありませんか。ならば近衛兵もこのような場所で悠然と構えているわけにはいきません。早く後ろの列車に向かい、雲雀部隊をお助けしてください」

「……穂積大佐、ご命令を頂けませんか。葵様の護衛に数名を残し、それ以外の者達で雲雀部隊の掩護に参りたいのですが。飛ぶことはできずとも、列車にいる雲雀部隊と共に対空攻撃をすることぐらいはできるでしょう」


 春嶽は直属の上司である穂積大佐に願い出る。

 が、穂積大佐の表情は硬い。


「駄目だ。我ら近衛兵は葵様の護衛が目的。この場から一人として欠けることは許さん」


 その無慈悲な回答に抗議の声を上げられる唯一の人物である葵が、目の前の机を力強く叩いた。


「穂積大佐っ、そのようなっ、私のことは構いません。ですから、雲雀部隊の掩護に向かってください。このままでは私達にも黒鉄蜂の毒針が及ぶでしょうっ」


 葵の指摘は最もである。ここで雲雀部隊を見殺しにすれば、そのしっぺ返しを食らうのは他でもない近衛兵と葵である。

 そのことを理解していながら、穂積大佐は首を縦に振らない。


「ご安心ください、葵様。私とて無策というわけではございません。これより機関室に連絡し、列車の速度を上げるように伝えるつもりです。黒鉄蜂の飛行速度を超える速さならば、奴らも追っては来られません」


 それはつまり、未だ空の戦場で釘付けになっている雲雀部隊を見捨てることを意味している。

 葵が丸々とした目を更に大きく見開いた。


「正気ですかっ大佐っ。ここで雲雀部隊を失えば、この旅路の先で黒鉄蜂に再び襲われた時、どうやって対処するというのです?」

「……葵様、失礼ながら私は陸軍将校です。黒鉄蜂の生態や戦い方はあなたよりも詳しい」


 穂積大佐はこの状況においても余裕綽々といった様子で顎を撫でた。言葉は丁寧だが、葵を戦場を知らぬ小娘と暗に嘲笑している。


「いいですか、今、江戸と我らを襲っている黒鉄蜂はどこからやって来たか? それは水戸藩領内の常磐炭鉱にある奴らのコロニーからです。黒鉄蜂の行動範囲は自分達の巣から半径二百キロメートル以内、その内側で女王蜂のための栄養源を収集していると考えられてます。事実、国外に存在する黒鉄蜂はそのような習性を持っていることが確認されています」


 まるで物分かりの悪い生徒に講義をする教師のように、静かな口調で話す穂積大佐。それを聞いて、葵の目端が苛立ちのため吊り上がる。


「……その程度の知識、私にもあります」

「これは失敬。ならば、もうお判りでしょう。今、この列車は横浜駅を目前にしております。ここを通り過ぎれば、常盤の黒鉄蜂の行動範囲から抜けられます。そしてそこから先、黒鉄蜂の巣はありません。つまり、全速力で走り抜けることが状況を打開する唯一の道。雲雀部隊の帰還など待ってはいられません」


 決して、穂積大佐の判断は間違っていない。現時点で判明した情報を繋ぎ合わせた結果導き出される、最良の決断だ。ただし、雲雀部隊の命を勘定に入れなければ。


「……しかしっ」

「子供のような主張はもうおやめなさいっ! あなたは、この国の長となるのですよっ」


 尚も縋ろうとする葵に、穂積大佐が一喝。

 悔しそうに潤む葵の瞳が春嶽を捕らえた。

 だが、春嶽は視線を逸らし、葵の意向に気付かない振りをした。

 これで正しいのだ。自身の直属の上司は穂積大佐である。その命令こそ絶対。軍人であればこそ。

 穂積大佐が反対意見が無くなった通信車の内部を見渡し、満足げに頷く。


「結構。それでは私自ら、機関室に連絡を致そう。一秒でも早く、この地を駆け抜けなければならないのですからな」


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