表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/34

第一章 江戸駅発 その2

「うーん、流石にここからじゃ徳川様の姿は見えないですよね」

「当たり前でしょ、機関車までどれだけ離れてると思ってんの?」


 帯刀の補佐を務める副官の柴崎シバサキ カクが、四角いメガネレンズの中で目を細めながら漏らした呟きに、日向が素早く突っ込みを入れる。その他の隊員達も、薄ぼんやりと見える乗降場を興味深そうに眺めていた。

 雲雀部隊に割り当てられた待機場所は列車の最後尾付近の線路上であり、当然、ここから乗降場にいる徳川家当主を拝むことなど出来ない。

 帯刀も、大江戸連邦の長であり、自分達の護衛対象の父親でもある人物の顔を一度見てみたいと思ったが、それは叶わないようだ。

 北部防衛線での敗戦後、帯刀は生存していた雲雀部隊の隊員十五名を掻き集め、陸軍の前線基地へと帰還した。その後、軍本部からの暴力にも近い叱責と共に下された指令は、とある人物の護衛であった。


『貴様らの命に代えても、徳川家の次代当主・徳川葵様を御守りせよ』


 北部防衛線の瓦解により、水戸藩領の北部に存在する黒鉄蜂から首都・江戸を守る戦力は失われた。それ故に、首都機能を京都へと移すことが国民には内密に決定した。事実上の遷都である。そのため徳川葵が京都に入るまで護衛することが、雲雀部隊の任務として課せられた。

 こうして現在、汽車の出発を待機しているというわけである。

 雲雀部隊に与えられたのは、蒸気機関車に延々と連結された最後尾と最後尾から二番目の貨車の二両だけである。車両の列があまりにも長く、乗降場に収まり切らない。そのため、雲雀部隊の待機場所は線路の上であった。既に弾薬が詰まった木箱や食料品、予備の蒸気背嚢は雲雀部隊に宛がわれた貨車に積み終わっており、彼らが乗り込む準備は完璧である。

 後は発車の合図を待つばかりである。

 貨車は銅板で作られた直方体の形状をした、有蓋車両と言われる種類である。積み荷の運搬のために必要な最低限度の機能だけを有した車両で、人が乗ることを想定されていない設計だ。そのため当然ながら客車のような座り心地の良い椅子も、コンパートメント席もない。弾薬の入った木箱と同じ、積み荷の扱いだ。


「それにしてもこんなに貨車を繋げて何を運ぶつもりなんでしょう? 北部防衛線の瓦解の直後から何やら準備していたという話ですが……」


 柴崎が親指でメガネをクイッと持ち上げ、乗降場までの間に延々と連結されている貨車の列を眺めて首を捻る。錆色をした貨車の表面の銅板が、陽光を鈍く反射している。


「俺が軍部から聞いた話では、江戸で備蓄していた武器や食料ということだった。それを京都に移すらしい。全国に散っている戦力を京都に集めて再編成してから、黒鉄蜂への反撃を開始するようだ。米国を始めとする国連軍の救援部隊も京都に集合する手筈となっている」


 情報の遺漏を防ぐため口頭で伝えられていた軍本部からの指令を、帯刀はそのまま繰り返した。


「……あれだけ『滅私奉公』や『贅沢は敵』なんて煽っておきながら、これだけの武器と食料があったわけね。それなのに北部防衛線には一切送らなかったなんて……。皆がどれだけひもじい思いをしながら戦っていたのか……。戦死した皆が浮かばれないわ」


 口惜しそうに貨車を眺める日向。元々、猫科の動物のように吊り上がっている双眸が、軍本部への不信感により更に険しくなった。

 言葉にはしないものの、帯刀も日向に共感する。

 これだけの貨車の大編成が無ければ運送できないほどの物資を抱えていながら、北部防衛線への補給が軽視されていた。此度の敗戦の責の一端は軍本部にもあるはず、という思いを抱かずにはいられない。


「北部防衛線からの補給要請は、『物資不足』を理由に悉く跳ね除けられていたと聞きました。ですが、今、考えてみればおかしな話です。私財拠出令まで発布されたんですから、国庫にはそれなりの蓄えがあったはずなのに」


 柴崎もまた、日向と同じように眉を曇らせる。

 雲雀部隊の他の隊員達も、口々に不満を唇に乗せ始めた。

 私財拠出令。その名称の通り、軍備調達の名目で、庶民から私財の一部を強制的に接収する法令である。全国民的に実施され、贅沢品も禁制品とされた。更には、軍規や法律を犯した者においてはその財産の一切を取り上げ、その矛先は親子供兄弟にまで向けられるという悪法中の悪法であった。

 黒鉄蜂との戦線が拡大していく中、それに比例して増加する軍費を賄うため、国民に負担を強いることについては、帯刀も異論はない。戦争に金がかかることは事実であり、国民に対して安全を金で買ってもらうことになるのは仕方がない。

 だが、問題は折角の軍費が活用されていないことだ。前線で戦う兵士のことなど考えず、精神論を振りかざして補給を渋る軍本部のやり方には絶対に納得出来ない。


「……ここで不満を言ったところで、敗戦が無かったことにはならない。俺達に出来ることは、目の前の任務を片付けることだ。いくら上に不満があるからって、手を抜くことは許さないからな」


 それでも、帯刀は隊員を嗜める。

 軍本部のやり口が気に入らなくとも、軍人である以上、任務の完全なる遂行を果たさなければならない。それが軍人としての責務だ。それくらいは帯刀も理解していた。


「分かってますよ、島津隊長。上は気に食わないけど、隊長のことは買ってますから、私。どこまででも付いて行くんでっ」


 日向が色素の薄いショートカットの髪を翻しながら、帯刀にくるりと向き直る。その時の表情は、先程とは打って変わって穏やかなものだった。腰の後ろで手を組み、やや前屈みになった体勢は軍人としての雰囲気が少し引っ込み、年頃の少女のそれになっていた。


「ええ、僕もですよ。それに僕が入隊したのは、母さんや弟、家族を守るためです。だから軍本部なんて関係ありません」


 柴崎も、日向に張り合うように答える。


「お、俺もですっ! 隊長っ」

「私もですっ! 隊長のあの飛行技術に惚れ込んでいるんですからねっ!」


 気付けばその他十三名の隊員達が総出で、隊長の周囲を取り囲んでいた。

 北部防衛線の敗戦で、雲雀部隊も多くの隊員を失い、生存している者は十分の一にも満たない。更には軍本部から敗戦の責任を押し付けられ、軍内部からの風当たりも強くなっている。それでも、いや、だからこそ、彼らの結びつきは今まで以上に強固になっていた。

 隊員達が思いの丈を述べ合うという予想外の展開に、帯刀は一瞬呆気に取られる。だが、歓喜が沸々と沸き上がり、笑みが零れそうになるのを必死で抑える羽目になった。綻びそうになる口元を表情筋で無理矢理抑えつけつつ、隊員達に言葉を掛ける。


「ふっ、従順な部下に恵まれて俺は果報者だな」


 厳格な隊長像を保つため、皮肉めいた言い回しをする。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ