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第三章 迷走する黄金列車 その2

「葵様、これで卑しい身分の者達の本性がお分かりになったでしょう。国民が一丸となって黒鉄蜂と戦うために制定された私財拠出令を批判し、自らの労苦ばかりを訴え、国を糾弾する怠惰な輩なのです。……だから私は雲雀部隊と直接会われるのは反対だったのですっ」


 通信車内に響き渡る穂積大佐が葵を咎める声も、今の春嶽の耳には入らなかった。その視界には、落ち込んでいる葵の姿が映っているが、同情するほどの心の余裕もなかった。

 まさか、本当に日向なのだろうか。

 通信車にやって来た雲雀部隊の三人の内の紅一点。確か、葵の御前に立った際に、松平日向と名乗っていた。名字こそ違うものの、名前はかつての幼馴染と同じだ。

 しかし見てくれは似ても似てつかない。幼馴染の日向は、硯で磨った墨のように艶やかな黒髪を、腰まで届くほど伸ばしていた。素肌は雪面のような真白で、少々勝気なところはあったが、それでも上流階級らしい雰囲気を纏っていた。

 それに対して、あの日向は粗野そのものだ。乱雑に切られた短髪は脱色し、薄汚れたような色合いの黒だ。度重なる野外での戦闘経験による日焼けで肌は浅黒い。春嶽の記憶にある日向とは全く異なる。同名の別人に違いない。

 だけど、それでも引っ掛かる。

 彼女の横顔は、かつて微かな恋慕を寄せていた幼馴染の顔と似通うものがあった。やはり、同一人物なのだろうか。

 僅かな間だけでも会話を交えたかったが、上官が見ている前で近衛兵の少佐である春嶽の方から声をかけるなど、そのような情けない真似はできない。通信車から足早に去っていく彼女を見送ることしかできなかった。

 春嶽が自問自答を繰り返す隣で、葵と穂積大佐の会話が再開していた。


「……ですが、彼らの言うことも最もです。……私は、北部防衛線への補給が満足に行われなかったのは、国の財源が疲弊していたからと聞いています。しかし、この列車に積まれた黄金を考えると、果たしてそれが真実であったのか……」

「……葵様、井伊家当主による軍費横領事件をお忘れですか? あの華族の恥晒しのせいで、本来北部防衛線に送られるべき物資が送られなかったのでしょう。確かに、その点では雲雀部隊も被害者ではありますが、それを笠に着て私財拠出令そのものを、ましてや葵様を非難するなど言語道断っ」


 穂積大佐が通信車の中央に備え付けられた机をドンッと叩く。机上に敷かれた地図とその上に置かれた駒が激しく揺れた。


「ええ、大佐の仰りたいことも十分に理解できます。しかしこのまま彼らとの溝を作ったままでは、今後の作戦遂行にも支障が出るでしょう。旅程を大きく見直したのですから、今後何が起こるか分かりません。我らと雲雀部隊の親交を深めることが必要です」


 雲雀部隊から悪意の切っ先を突き付けられたばかりだったが、それでも葵は彼らとの関係修繕を口にする。


「彼らと親交とは、葵様もなかなか冗談がお上手で」

「冗談などでは申していませんっ。先の戦闘のように、我らと彼らとの間で意思疎通がうまくいかなかったどうするのです。今後のためにも、何か、彼らと仲良くする手段を……」


 穂積大佐に小馬鹿にされた葵が、カッとなって言い返す。

 その葵の言葉が、日向について考え事をしていた春嶽の耳に入り、妙案を思いつかせた。


「葵様、ならば、今から我らと雲雀部隊と合同で宴会を開いてはいかかでしょう?」


 唐突な春嶽の提案に、その場にいた一同が驚いたように目を丸くしたが、すぐに葵は破顔して頷き、一方の穂積大佐は渋面になる。


「点検が終わるまでの間、我らはここから動けないのです。ならば、士気高揚のため、葵様の仰る親交を深めるために、この場で親睦会を催しては? 近隣の村々に声をかければ、食材や酒くらいは集まるでしょう」


 春嶽が詳細な内容を喋ると、葵が嬉しそうに両手を打った。


「名案ですっ。釜の飯を同じくすれば、自然と打ち解けるはずっ。幸いにして、お金はあります。早速、美味しい食事を用意しましょう」


 親睦会という案が余程気に入ったのか、葵は満面の笑みを浮かべ鼻歌まで歌い出す。

 すると、葵とは正反対の表情を作る穂積大佐が春嶽の傍まで駆け寄り、耳打ちを始めた。


「一ツ橋少佐、一体、何を考えているっ。雲雀部隊の連中と葵様が食事を共にされるなど」


 この反応は予想済みである。穂積大佐への対策もちゃんと考えていた。


「穂積大佐、先程、黄金の荷運びのためトラックを用意せよ、とのご指示をされていました。宴会用の食材の運搬という名目でトラックを集めれば、雲雀部隊の連中に感づかれることなく、積み荷の黄金を移し替えることができるでしょう。仮に雲雀部隊が黄金の奪取を目論んだとしても、これで一部の黄金は安全です」


 リスクの分散という、穂積大佐も納得のできる利点を説明する。

 しばらく黙考する穂積大佐だったが、やがて、なるほどと一言を呟く。


「………………ううむ。確かに、一理ある、か。よろしい、やってみるがよい。……せっかくの機会だ。美酒や珍味をありったけ用意せよ」


 お墨付きが出たため、春嶽は敬礼し通信車を降りる。

 それから近衛兵の部下の数名に命じて、近隣の村々から食材や酒、それを運ぶためのトラックの調達に行かせた。

 この案には、春嶽個人にとっても利があった。

 親睦会という場であれば、近衛兵の報から雲雀部隊に話しかけたとしても不自然ではない。


「……日向」


 すっかり日が暮れた空に向かって、その名を投げかける。

 これで、彼女が本当にかつての幼馴染だったのか、確かめることができる。


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