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スキル「PV」は閲覧数に応じて強くなる  作者: ジブン
第一章 0〜1922 〜旅立ち〜
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第七話 830

 干し草の回収、小麦の脱穀、雑草抜き、予定されていた賦役と自分の畑の手入れを全て終わらせた俺はヤグーの待つマクノリアの市場へと向かっていた。


 脱穀の最中、あまりの俺の「すばやさ」に、他の農奴たちは畏れを抱いているようであった。

 だがワイズマンの息子ライマーがマルクは今まで才能を隠していただけだと言いふらしたお陰で、少しは不信感もおさまったようである。


 ワイズマンはいい顔をしなかったが、ライマーは俺と友達であることを周りにアピールし始め、村における我が家の地位は多少よくなったようにも思われる。


 だがもし俺の噂が村を超えて、サルマン家の連中の耳に入れば厄介なことになるだろう。


 剣術スキルが優れているという理由だけで腕を切り落とされた父のように、力があるものは潜在的な反乱分子だと認定されてしまう。


 また俺が最近、頻繁に村を出ている事も小さな村では目立つ原因になりかねない。


 などと考えながら、解決策も浮かばぬままに俺は市場へとたどり着いた。


 先に市場で買い付けをしていたヤグーと合流するが、昨日の出来事がよほどショックだったようで、ヤグーのテンションはいつもより低い。


「昼飯でも食うか」


 並べられた売り物の箒をつまらなそうに元の場所へ戻したヤグーは言った。


 ヤグーに連れられたのは、市場の入り口に位置する土壁でできた一際大きな建物だ。


 建物に入る前から、弦楽器の音やカチャカチャという陶器の音、そして大勢の人々の笑い声が漏れ出しており、まさにどんちゃん騒ぎといった雰囲気が伝わってくる。


 建物に一歩踏み入れると、そこは異様な熱気と食べ物の匂いに包まれており、まるで宴会のような人の密集具合である。


 大きな長机が三つほど並び、それに沿うようにずらっと人が並ぶ。

 机の上には雑多にスープやパンなどが置かれている。


 ヤグーは周りを見渡すと、人々を押し退けながら奥の席に座った。


「何してる。こっちだ」


 俺は人にぶつかりながらもヤグーの隣にまでやってきたが、長椅子には十人以上もの人が並び、俺が座れるようなスペースはない。


 と思われたがヤグーは「早く座れ」と隣に座る男を両手で押しのけ、ギリギリ俺が座れるようなスペースをつくった。


 元の世界でのちょっとした相席すら苦手だった俺は慣れない空間にビクビクしながらもヤグーの隣に座った。


 隣の人の足や肘が何度もぶつかるが、そんな事を気にするような場合ではないようだ。


 人混みの中を器用に縫いながら木製の手押し車でスープを運ぶ男を引き止め、ヤグーは二人分のスープを受け取る。 


「ほら。飲めよ」


 赤く濁ったトマトベースのスープには、ジャガイモ、キャベツ、玉ねぎと野菜が豊富に入っている。


「お金は?」


 俺はスープに手をつける前にお金の心配をした。昨日もらった100ゴールドは家に置いて来たのだ。


「大丈夫だ。今日の賃金から引いとくからよ」


 いくらするのだろうか。

 父が働けないいま、お金はできるだけ節約したい。


 俺が真剣な目でスープを見つめているとヤグーは「冗談だよ。これぐらい払ってやる。飲め飲め」と悪戯に笑った。


 ヤグーが言うにはこうした大食堂では、スープ、パン、ワインが自由に飲み食いでき、のちに一律で一人50ゴールドを支払うシステムが一般的らしい。

  

 それを聞いて俺は口いっぱいにパンを頬張る。


 ともかく腹が減っていたのだ。その上、ここのパンは村で食べていた舌がピリピリするような腐りかけの硬いパンでなく、適度の柔らかさとライ麦のほのかな香りを保っている。 


 俺の食べっぷりと見てヤグーは笑う。


「俺も初めて美味いパンを食った時はがっついたもんだ」


 ちぎったパンをスープに浸して口に放り込んだヤグーは、そこから昔話を始めた。


 ヤグーの家は代々商人の家庭だったらしい。


 だが祖父が事業で失敗し、ヤグーが生まれた頃には商売をする元手はなく、ほとんど物乞いの状態であった。

 

 そんな中でヤグーの父が胡椒の売買で一山をあて、ようやく生活が好転するかと思われた時に、父は女を作って母と息子を捨てた。


 12歳ほどになるとヤグーは父の真似をしながら、少しずつではあるが金を稼げるようになっていた。だが母は心労と栄養不足によって死に、ヤグーは幼いながらも一人で生きていかなくてはならなくなった。


「そんな時に役立ったのが「目利き」スキルだ」


 ワインを数杯飲んだヤグーは上機嫌に言った。


「どんなスキルなんですか?」


 俺は既に二杯目のスープを飲み干していた。


 正直に言えば食べることに必死で詳しい話は覚えていないが、「目利き」スキルという言葉に俺は強く興味を引かれた。


「まぁ。商人には必須のスキルだな。単純に言えば良いものと悪いものを見分けられるってな感じだ」

「どうすれば身につけられるんですか?」

「なんだ。商売に興味があるのか。身につける方法は他のスキルと変わらねぇ。経験あるのみだ」


 そこから俺はスキル習得について詳しく話を聞いてみた。


 スキルを身につけるにはヤグーの言う通り、経験が大事だった。例えば「目利き」スキルは、良いものと悪いものを、あらゆる事物で判断していき、その正確性をあげていくことで発現する。


 確かに「農作業」スキルが上昇したときに感じた手馴染みというのは経験から得られるコツや要領と似ている気がする。


 ここで俺はようやくこの異世界におけるスキルが、元の世界でも存在するような能力の延長であることを理解した。そしてこの異世界では、その能力がカテゴリー化され、可視化されるということだ。


 と言うことは俺も「目利き」スキルを習得できる可能性はあるし、父が有していた戦闘系のスキルも習得できる可能すらある。しかも、俺の場合は人が経験を通じて年月をかけて上昇させるものを「PV」によって簡単に上昇させることができる。


「あの。今日の買い付けで良いものと悪いものについて教えてくれませんか。絶対に損はさせません」

 

 俺は真剣な目でヤグーに訴えかけた。


 スキルの習得だけは今のところ「PV」で解決できない。だからこそ人から教わることがスキル発現の肝となるはずだ。


「損はさせないって言葉。信じていいのか?」


 ヤグーの目が光り、俺はコクリと頷いた。


「分かった。だが俺が教えることを全部を鵜呑みにするんじゃねぇぞ。「目利き」ってのは自分で判断できるようになるってのが一番大切なんだからよ」


 そうして俺はヤグーと共に市場で買い付けをしながら、物の良し悪しについて教わることとなった。

 

「まぁ簡単なところだとコレだな」


 そう言うとヤグーは果物屋に並ぶ二つのオレンジを手に取った。


「どっちが良いオレンジだ?」


 俺はヤグーの左手に握られたオレンジを指す。理由は簡単でそちらの方が1.5倍ほど大きかったからだ。


「正解だ。じゃあ次はこの二つ」


 ヤグーは同じサイズのオレンジを手に持つ。


 一見すれば変わりはないように思えるが注意深く見れば片方のオレンジには張りがあり、色艶も良い。


「うん。それも正解だ。じゃあこの二つだとどうだ」

 

 ヤグーが持つのはサイズも同じで、張りや色艶もほとんど変わらない二つのオレンジだ。


 俺はあらゆる角度からオレンジを見るが、判断するには決定打に欠ける些細な違いしか目につかない。


「分かりません」


 俺がそう言うとヤグーは二つのオレンジを俺に手渡す。


「分かったか?」


 すぐには分からなかったが、重さが微妙に違う気がする。

 

「こっちですか?」


 俺が重い方のオレンジを持ち上げると「正解だ。重い方が実が詰まってるからな」とヤグーは答えた。


「どうするの?買うの?買わないの?」


 果物屋の親父が痺れを切らすと、ヤグーはサイズも大きく張りもある重いオレンジを一つだけ選んで買った。 


 なるほど。オレンジ一つをもってしてもあらゆる比較が可能で、そうした判断を繰り返していく。これが「目利き」というわけか。


 そこからヤグーと俺は様々な商店を巡ってあらゆる物を比較しては、あれこれと話し合った。


 ヤグーの教えは非常に分かりやすく、商品それぞれの見どころというのを熟知していた。


 ヤグーが最も大切だと語るのは自分がその商品を使う側に立つということだった。商人をしていれば物の値段や数量などで判断をしてしまいがちだが、そこで止まってしまえば真の「目利き」にはならないという。


 おそらく彼のそうした信条には、生活をするためにどんな小さな違いも見分け、生きるために死ぬ気で物を選んできたという過去が反映しているのだろう。


 しばらく歩いているとヤグーは指輪や腕輪などの貴金属が並んだ露店を指して「次はあれだ」と言った。


 並べられた貴金属類は、全て錆び付いており、一見すればどれもあまり良いものに見えない。値段としても基本的には大きさに準じており、判断をつけることは難しいように思われた。


 だが一つの指輪が目に止まった。


 どういう訳か、その指輪は他の貴金属と同じく錆び付いていたが、白く輝いているように見えた。


「これですか?」


 俺は直感的にその指輪を選んだ。


「なんでこれを選んだ?」

「すみません。ただの直感です。なぜかこれが一番輝いて見えました」

「なるほど。買ってみるか」


 ヤグーは200ゴールド支払って、俺の選んだ指輪を買った。


「お前の直感を試してみよう」


 そう言うとヤグーは懐から平べったい黒色の石を取り出した。


「これは試金石だ。金の純度を調べることができる」


 ヤグーは買った指輪を試金石に擦り付けると、そこに残った引っ掻き傷のような跡を凝視する。


「うん。こりゃ中々いいもんだな。磨いてから価値がわかる所に出せば400ゴールドはするだろう」


 そう言ってヤグーは指輪と試金石を懐へしまいこんだ。


「マルク。ステータスを見てみろよ。「目利き」スキルが発現してるはずだ」


 ヤグーの言葉に俺は嬉々して道の端でステータスを確認した。


ーーーーーーーーーーーー


名前:マルク

年齢:15歳


レベル:4  

最大体力:25

最大魔力:1 

力:20

魔力:1 

すばやさ:45

運:3


魔法:なし

スキル:農作業Lv.14 

     目利きLv.1

ユニークスキル:「PV」


ーーーーーーーーーーーー


「目利き」スキルが発現しているのを確認すると、俺はガッツポーズをした。


「やっぱり発現していたか。「目利き」スキルの特徴は、良いものが白く光って見えるってところなんだ。この短期間で発現するとは、お前はなかなか筋が良いかもしれんぞ」


「じゃあ。ヤグーさんにもあの指輪が光って見えたんですか?」


 市場を歩きながらヤグーは首を横に振る。


「俺には違う腕輪が光って見えた。たぶんそれも何らかの価値はあっただろう。だが「目利き」スキルの面白いのはそれがスキル保有者全員に同じようには見えないところだ。もちろん分かりやすく価値があるものだと同じように光って見えることが多い。だがそいつが今まで経験したことや、直感によって光って見えるものは変わってくる。だから商人ってのは「目利き」を持っていれば必ず成功するって訳じゃねぇんだ」


 確かにそうだ。今回の指輪だって単純に考えれば200ゴールドの利益だが、それを探す手間や磨いて売るための労力を鑑みれば大した利益にはならない。

 

 それにどれほど自分には光って見えても、その価値を証明することができなければ、それは価値がないのと同じなのだ。


 「目利き」スキルは奥が深い。そして上手く活用することができれば莫大な利益を得ることもできるだろう。

 光って見えるものが一様でないというなら、誰もが発見できていない掘り出し物を見つける可能性があるということだ。


「だが今日はシケてるな。ポツポツと良いものはあるが小銭稼ぎにしかならねぇ。やっぱりガラス細工の分の赤字は取り戻せそうにねぇな」


 溜息をついたヤグーは「小便だ」と言って路傍へと歩いていった。


 「目利き」スキルに賭けてみるか。


 金があれば家族を養えるし、今後の役にも立つだろう。


 俺はいざという時のために残しておいた使用可能「PV」を「目利き」スキルに分配することにした。 


ーーーーーーーーーーーー


「PV分配」


使用可能:110


レベル +1 [20PV]△


最大体力 +1 [10PV]△

最大魔力 +1 [3PV]△

力 +1 [15PV]△

魔力 +1 [3PV]△

すばやさ +1 [36PV]△

運 +1 [10PV]△


農作業Lv. +1 [25PV]△

目利きLv. +1 [2PV]△

ーーーーーーーーーーーー


 俺は全ての「PV」を使用して「目利き」スキルのレベルを一気に10まで上げた。

 

 改めて目を凝らし、商店を眺めるとポツポツと白い光を放つ物が目にとれる。

 だがそれはどれも弱い光で、ヤグーのいう小銭稼ぎにしかならないような物だと思う。


 帰ってきたヤグーは「もう少し粘ってみるか」と言って歩き出した。


 目を凝らしながら歩いていると、突然俺の視界は眩い光に包まれた。


 何かが強く光っている。


 目を細めながらも光源を探すと、怪しげな雰囲気をした露店に並べられた、手のひらサイズのただの石からその光は漏れていた。


「光って見えるんですが、あれは何ですか?」


 俺がその石を指すとヤグーは険しい顔をする。


「ありゃ魔石だな。だがコレだけは光って見えても勧めることはできねぇ。魔石ってのはまさに玉石混淆。特に価値の良し悪しを分けるのが難しいもんだ。そもそも魔法を使える奴がすくねぇからな。だから良い魔石だと判断できる奴も魔法使いに限定されるし、その分、魔石を査定してもらうだけで結構な金が掛かる。分かったか。魔石は博打。俺らの中じゃ常識だ」


 ヤグーはそう言って歩き抜けようとするが、俺は食い下がる。

 

 ここまでの光り方はただものじゃない。

 そして「目利き」スキルを10まで上げた自分の力を信じてみたい。


「この町に魔石を査定できる人はいるんですか?」


「一人いるらしいが、一つの魔石査定で500は取ると聞く。流石にリスクが高すぎる」


 ヤグーは俺を諦めさせようと説得する


「給料を前借りできませんか?」


 俺は咄嗟にそう言っていた。


 魔石は一つ300ゴールドで売られているので、査定と合わせると800ゴールド、ちょうど俺が10日働いた分に相当する。


 常識外れな事を言っているようだが、このチャンスはものにしなくてはならない。


 「目利き」スキルのせいか、俺の直感がそう言っている。


「おい。本気か?」


 ヤグーは額に皺を寄せて、顔をしかませる。


「はい。本気です。お願いします」


 俺は土下座する勢いで深く頭を下げる。


「分かった。だが俺は前貸しはしない主義だ。だからお前に投資してやる。この魔石に2000ゴールド以上の価値があったなら、売値の8割を俺がもらう。価値がなかったら約束通り働いて返せ。いいか?」


 売値の8割か。

 さすがは商人、容赦がない。


「7割はどうでしょう?」


「いいだろう」


 ヤグーはやけにあっさり引き下がった。


 もしかすると引っ掛けられたのか。


 まぁいい。一文なしの俺が千載一遇のチャンスを掴めただけでもありがたい。


 ヤグーから受け取った金で買った魔石は、目を凝らせば強く輝いて見えるが、普通に見ればただの石ころだ。


 ヤグーが言うには魔石は魔力を増大させ、魔法を使う際の補助となる性質を持っているらしい。


 だが俺は魔法を使えない。というかまだ見たこともない。

 だから魔石を握りしめても、全く魔力が増大する感覚など無い事は仕方ない事だ。


 急に不安になった心を俺は必死に落ち着けて歩く。


「ここら辺だと思うんだが」


 俺とヤグーは町の外れにあると聞いた「魔女の館」と呼ばれる建物を探していた。


 しばらく探していると、ヤケに尖った屋根と黒いレンガの悪趣味な建物が見つかった。


 俺は「魔女の館」がその名のイメージ通りであったことに驚いた。


 だが俺がもっと驚いたのはその建物の中にいた「魔女」が黒いとんがり帽子と黒いローブを纏った、まさに「魔女」であったことだ。


 イメージと違うのは「魔女」が比較的に若く、血行も良さそうな30代ほどの女性であったことぐらいだ。


「何の用。呪い?ポーション?」


 呪いとポーション、どちらも気になるが俺は魔石を取り出して「査定をお願いします」と頼んだ。


「500ゴールド」


 魔女は無愛想に言った。

 

 そして俺が500ゴールドを支払うと、魔女は「待ってな」と言って建物の奥へと入っていった。


 魔女の館の内装は全体が黒い布に覆われており、瓶に入った謎の液体、動物の目玉やモンスターのものらしき角骨、年季の入った古い本などが商品として並べられている。


 周りを見渡し、魔女が帰ってくるのを待っているうちに不安がどんどん大きくなる。

 

 魔石を渡した時の魔女の反応もよくはなかったし、ヤグーの忠告を聞いておくべきだったかもしれない。

 

 そもそも働いた金は少しでも生活を良くするためのものだったはずだ。


 後悔と反省の念が期待を上回り始めた時に、「ドーン」という爆発音が建物の奥から聞こえてきた。


「大丈夫ですか?」


 俺は咄嗟に叫んだ。

 すると建物の奥から黒い煙と共に「問題ない」という魔女の消え入りそうな声が返ってきた。


 その時、隣に立っているヤグーがニヤッと笑った気がした。


 しばらく待っていると先程の爆発で所々黒く煤汚れた顔の魔女が帰ってきた。


「査定できた。なかなか良い魔石だ。うちなら3000ゴールドで買い取るよ」


 3000ゴールド。


 俺は安堵した。元手となった800ゴールドよりもかなり高い値が付いた。

 ヤグーに7割を渡すとして俺の手に残るのは900ゴールド。

 

 悪くはない取引だが、気になる点があるとするなら、謎の爆発と魔女の声と手が震えてる点だ。


「ありがとうございます。検討させてもらって他の査定にも出してみようかと思います」

 

 俺は一か八かでカマをかけてみた。


「ちょ、ちょっと待て。5000ゴールドでどうだ?」


 すかさず魔女は身を乗り出して言った。


 釣れた。しかもこの慌てぶりだともっと値が上がるかもしれない。


「50000ゴールドだ。そっからはびた一文負けられない」


 今まで無言を決め込んでいたヤグーが突然そう告げた。


「50000ゴールドなんて馬鹿げてる。帰ってくれ」


 確かに馬鹿げている金額だ。元々は300ゴールドだったものを50000ゴールドで売るなんて正気とは思えない。


 後から値下げするために、ふっかけたとしてもやりすぎだ。


 だがヤグーは自信満々に「帰るぞ」と言って踵を返す。


 すると魔女は「分かった。30000ゴールドなら出す。こっちもそれが限界だ」と真剣な顔で言った。


 俺は驚き、すぐにその値段で魔石を売ろうとしたが、ヤグーと出会った時の言葉を思い出した。


〈あっちから食いついてきた客には一銭たりとも負けちゃいかん。これは商売の鉄則だ〉


「そうですね。帰りましょう」


 俺はそう言って魔女の前に置かれた魔石を取ろうとする。


 すると魔女は魔石を掴んだ俺の手を上から掴んで離さない。

 華奢な身体からは想像もつかないような強い力で魔女は俺を引き止める。


「…くそ。50000でいい。くそ」


 魔女が観念したかのようにそう言うと、俺とヤグーは目を合わせて互いに喜びを分かち合った。


 金を受け取った後、悔しそうにしている魔女にその魔石について聞いてみた。

 すると魔女はもう値段をあげない事を約束に色々と答えてくれた。


 俺が持ってきた魔石は火の魔法を何倍にもするような莫大な力を秘めており、魔石の中では国宝級の代物なのだという。


 そして部屋の奥で起こった爆発は、指先に小さな火を灯す程度の魔法が、魔石によって暴発したことが原因だったらしい。


 魔女から受け取った金を35000ゴールドと15000ゴールドに分け合い、俺とヤグーはニヤニヤしながら市場を闊歩した。


「良かった。良かった。これでガラス細工の損失をかなり取り戻せた」

「まさか50000ゴールドで売れるとは思いませんでした」

「もしかするともっといけたかもな」

「ですけど、あの魔女もかなりキツそうでしたよ」

「まぁそうだな。いい線はいけてただろうな。やっぱり俺の目に狂いはなかった」

「僕があの魔石を選んだんですよ」

「違う。あの魔石を選んだお前を、俺が選んだんだ」


 そう言われれば反論はできない。

 まぁ反論する気はない。

 目利きのヤグーに才能を見込まれたのは素直に嬉しい。


「どうする?金ができたんなら、もう手伝いは終いにするか?」


 確かに、当初の予定であった800ゴールドを大幅に超える金を手に入れることができた。 

 これほどの金があればしばらく家族を養うことができるだろう。

 

 だけどもう少しヤグーといてもいいかもしれない。

 俺はヤグーが気に入り始めていたし、商売の事をもっと学びたいと改めて考えていた。


「契約通りあと7日間、よろしくお願いします」


 俺がそう言うとヤグーは嬉しそうな表情を俯いて隠し「分かった」とぶっきらぼうに言った。

 


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― 新着の感想 ―
[一言] レビューを見て気になったので見に来ました! こういう設定のなろう小説は初めてなので今後の展開が楽しみです とりあえず毎日見に来るかぁ
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