第四話 243
帰りが遅くなったことを母にはこっぴどく叱られたが、昨夜は「PV」スキルの実験に明け暮れていた。
「最大体力」を増やしてみてもあまり実感がなかったので、「力」を基準に自身の身体がどうなるかを検証した。
体格に変化はなかったが、ステータス通り「力」が増すことは分かった。
なぜ分かったかと言うと、それは簡単で、一昨日はピクリともしなかった台車が今では動かせるようになっているからだ。
「今日はベンソンさんが色々と教えてくれるはずよ。あと、もう母さんを心配させないこと」
母マーサは俺の手を両手で包むように握る。
その手は毎日の水汲み、家畜の世話、機織り、他にも俺の知らない仕事の数々によってささくれ、硬化している。
「ごめんなさい。行ってきます」
俺はそう言うと台車を引いて、ベンソンの待つ共同農地へと向かった。
「マルク。ガリアの容態はどうじゃ?」
「一命は取り止めました。ベンソンさんのお陰です」
「いや、ワシが変な事を言ってサルマン家を怒らせたの悪いんじゃ。すまんかったのう」
ベンソンは俺の両肩を掴んで謝る。
「ベンソン。ガリアの倅。さっさと来い」
黄金色に染まった小麦畑から俺とベンソンを呼ぶのは汗で髪をじっとりと濡らした小太りの男。
彼の名はワイズマン、農奴でありながらも村一番の大きな農地を任されており、幅を利かせている。
その隣で俺を睨みつけているのは彼の息子ライマー、三日ほど前にいきなり俺の事の殴ってきた二人組の青年の一人だ。
「今日は賦役じゃからワイズマンも気が立っておる。気にする事はない」
ベンソンは俺の肩を叩きながら、ワイズマンに聞こえないように小声で言った。
準備をしながら、ベンソンが今日の作業について教えてくれた。
作業自体は小麦の収穫である。しかし賦役ということでサルマン家の広大な農地を複数人の農奴たちで集って作業するのだ。
それは無給の労働であり、どれほど収穫しても自分たちのものにはならず、かといって収穫量が減れば罰が与えられる。
タダ働きに苛立つのもわかるが、ワイズマンが機嫌が悪いのは父ガリアが今回の賦役に参加していないからだろう。
広大な農地での共同作業、人手が減るという事は、自分の負担が増える事を意味するからだ。
ベンソンに収穫の仕方を教わっていると、遠くで作業していたライマーがわざと他の農奴たちにも聞こえるように大声で言う。
「おいマルク。お前はそんなこともできないのか。そんなスピードじゃ日が暮れるぜ。足を引っ張るんじゃねぇ」
ライマーの声に各々収穫を進めていた農奴たちがこちらを向く。
「確かに。私の息子が言うことはもっともだ。無理に皆で足並みを揃える必要はない。ここは平等に各世帯ごとに収穫区画を分けようではないか。ちょうど6世帯、6等分して自分たちの区画が終わり次第、作業は終了。これでどうだろう」
ワイズマンはそう言うと他の農奴たちに同意を求める。
「ちょっと待ってくれワイズマン。世帯ごとだとワシとマルクが一人になってしまう。ワシはまだしも、マルクはまだ子供。それに皆で協力した方が早いではないか」
「元はと言えばガリアが来ないのが悪いんだ」
「ガリアは腕を失ったんじゃぞ。しかも今までガリアは率先して賦役をこなしておったではないか」
「違う。あいつがサルマン家を怒らせるのが悪いんだ。元々あいつは少し腕が立つからって生意気だった」
ベンソンとワイズマンの言い争いに皆の注目が集まる。
「よし。では多数決だ。6等分するか否か。役立たずの二人に合わせて日が暮れるまで作業したいという者がいれば挙手してくれ」
ワイズマンがそう言うと、農奴たちは気まずそうに顔を下げ、誰も俺とベンソンの顔を見ようとしない。
「決定だな」
そうしてワイズマンの提案通り、広大な農地は6つの区画に分けられ、俺とベンソンは一人でその1区画を担うこととなった。
「なんて恩知らずな奴らじゃ。大丈夫。マルクの分もワシは手伝うぞ」
そう言うとベンソンは悔しそうな顔をして、力なく俺の肩を掴んだ。
ベンソンから教えてもらった小麦の収穫方法は干し草刈りに似ていた。
まずは大鎌で小麦を根元から刈り取る。
ある程度、刈り終わると落ちている小麦を集めて、さらに短く刈り込み、まとめて台車で運ぶ。
運ぶ先は小麦を乾燥させるための場所で、花束のようにして木枠に結んでは等間隔に天日干しをしていく。
単純な作業ではあるが、体力や経験がなければかなりの労力を有する。
その上、割り振れらた一区画は手慣れた大人二人が作業して、日が暮れるまでにはやっと終わるかという広さで、素人一人が担当するには絶望的な広さである。
「マルク。コツを取り戻したようじゃな」
ベンソンは俺の働きぶりを見て感心する。
それもそのはずだ。
今の俺のステータスはこうなっているのだから。
ーーーーーーーーーーーー
名前:マルク
年齢:15歳
レベル:4
最大体力:22
最大魔力:1
力:17
魔力:1
すばやさ:30
運:3
魔法:なし
スキル:農作業Lv.14
ユニークスキル:「PV」
ーーーーーーーーーーーー
昨夜考えて、俺が割り振った「PV」は主に「すばやさ」と「農作業」スキルだ。
初めはレベルを上げようと思ったが、レベルをあげても全体的なステータスの底上げにしかならず、まずは何かを特化させた方が良いと判断した。
その中でも俺が注目したのは「すばやさ」であった。まず魔法は覚えていないので、最大魔力や魔力を伸ばすのは論外だ。また体力や力も必要だが、目下のところの農作業においては最低限でいい。比べて「すばやさ」はあげればあげるほど、より直接的に作業効率をあげることになる。要するにコスパがいいのだ。
と言ったものの実は俺がゲームをする時に「すばやさ」に重点を置くからだといことが一番の理由だ。スピードキャラは往々にして強いし、小柄なマルクの身体を活かせるのはやはり「すばやさ」だと思う。
そして賭けでもあったのが「農作業」スキルだ。スキルがどれほど作業の補正になるかは未知数でもあったが、スキルレベルを上げるのにそこまで「PV」を消費しないことから「農作業」スキルを上昇させたみた。
そしてその賭けには勝ったようだ。
鎌を手にした時から、一昨日とは比べものにならないほどの手馴染みを感じた。まるで自分の手の延長、いやそれ以上、身体の中から力が溢れ出るのを感じる。
上昇させた「すばやさ」も相まって俺は瞬く間に小麦を刈り取っていく。
「一体どうしちまったんだ」
ベンソンが目を丸くして呆然と見つめてる内に、俺は既に自分の区画の半分の小麦を刈り込んでいた。
「ベンソンさん。今度は僕に手伝わせてください」
「頼もしくなったなマルク。ありがとう」
そこから俺たちは協力して、小麦の収穫を行った。
「最大体力」や「力」はあまり上げていないので細かく休憩を入れながらではあったが、それでもかなりの早さで収穫は進んだ。
「すごいぞ。マルク。もうこれで終いじゃ」
ベンソンと共に最後の一束を天日干しするべく木枠にくくりつける。
まだ日が傾き始めたところの昼下がりで、かなりの早さで収穫は終わったようだ。
「足手まといのお二人さん。終わるのは明日になりそうか」
小麦を積んだ台車を引いてやってきた汗だくのワイズマンが半笑いで話しかけてきた。
「今ちょうど、ワシらの2区間分終わったところじゃよ」
「そんな訳ないだろ。暑さでおかしくなったかベンソン」
「見てみますか?」
俺がそう言うとワイズマンは俺を睨みつけて「見せてみろ」と答えた。
雲一つない青空に照らされて輝く小麦畑。
見事に刈り込まれたその様を見て、ワイズマンは絶句した。
「…ありえない。こっちはまだ半分だっていうのに」
ワイズマンはぶつぶつ言いながら、覚束ない足取りで自分の区画へと帰っていった。
今日するべき作業を終えた俺とベンソンは木陰で一休みしながらが、他の農奴たちが小麦を収穫する様を眺めた。
「マルク。お前さんが嫌と言うなら断ってくれても構わんのだが、、」
「手伝いましょう。貧しい者たちは助け合わなければいけませんもんね」
ベンソンは優しく頷いた。
俺たちが手伝いをすると言うと農奴たちは「さっきはすまなかった。ありがとう」と口々に許しをこいて、感謝を示した。
中には涙を流しながら謝る者もいた。
彼らも根は悪い人たちではない。ただ貧困による不安やワイズマンの扇動のせいで、心を窮屈にしてしまっただけなのだ。
協力して作業を進めたお陰で、日が暮れ始めた頃には、ワイズマンの区画を除き、全ての区画の収穫作業は終わった。
一方でワイズマンと息子のライマーは周りがどんどん収穫を終わらせていくことに焦りをみせ、息を切らしながら作業を進めていた。
「ワイズマン。手伝おうか?」
ベンソンはワイズマンに問う。
「うるさい。帰れ」
ベンソンは溜息をつくと、荷物を積んで帰る準備を始めた。
周りの農奴たちもワイズマンに対して怪訝な表情を浮かべながら次々と去っていく。
少しでも反省を見せれば手伝ってやらんこともなかったが、仕方がない。
自分の愚かさを知る良い機会になるだろう。
「ごめん。ごめんなさい」
ベンソンと共に帰ろうと歩みを進めようとした瞬間に後ろから声がする。
今にも泣きそうな表情で謝罪したのは息子のライマーであった。
「手伝って、下さい」
あんなに生意気だった奴が頭を下げるとは驚きだ。
息子のまさかの言葉にワイズマンは渋い顔をして「手伝いたければ勝手にしろ」と言って作業に戻る。
ワイズマンの不遜な態度に無視して帰ってやろうとも思ったが、子に罪はない。
いや、罪はあったのかもしれないが、それを認めたことは大きい。
俺が大鎌でワイズマンの区画の残りの小麦を刈り取っていると、気まずそうにライマーが話しかけてきた。
「お前、すごいんだな」
「…」
「今までごめんな」
そこからライマーは頑張って俺の後ろを追いかけながら、今までの行いを謝り始めた。
俺は殴られただけだったが、マルクは今まで様々な嫌がらせを受けていたようだ。
そして、ライマーはアリアの事が好きで、仲の良い俺にずっと嫉妬していたということを突然告白してきた。
年相応の子供っぽい動機に俺は笑ってしまいそうになった。
今までのライマーの行動を許すかどうかは俺ではなく、マルクに委ねるべきだとも思うが、とりあえず俺はライマーに求められるがまま握手を交わした。
「礼は言わんぞ」
作業が終わると、懲りないワイズマンは捨て台詞を吐く。それとは裏腹にライマーは俺とベンソンに何度も礼を言って帰っていった。
機会さえあれば人は変われるのかもしれない。
それは俺も同じだ。
俺はこの「PV」スキルを使って変わるんだ。
夕刻の帰り道、手にできたたくさんのマメを見つめながらそんな事を思った。