第二十三話 4553
5年に一度開催されるフェルマン王国の決闘試合の歴史は長く、貴族たちが二名の代表者を選出するトーナメント形式が伝統となっている。
幸いなことにサルマン家は30年前から決闘試合には参加していない。
その理由は決闘試合での殺人が禁止になったことからだという。
決闘試合での殺しが禁止になっていることに俺は安堵したが、同時に30年前まではそれが行われていた事実にも驚いた。
やはり数ヶ月前まで現代日本に生きていた俺にとって、この異世界での価値観に慣れることはない。
「まさかお前があのテレンス伯の代表になるとはな」
試合会場となる城の稽古場で共にテントを設営していたトマスが不思議そうな顔でこちらを見る。
王族や貴族のみの観戦となるので試合会場はあまり大きくない。
また縦横30mほどの試合場も木の柵に囲われているだけの質素な作りになっている。
だが伝統に基づいた貴族たちの紋章旗などの飾り付けがあるために設営には俺とトマスを含めた多くの国王軍が駆り出されるのだ。
「やっぱりチャールズさんが本命ですか?」
テレンス家の獅子の紋章が刺繍されたテントの布を広げながら俺はトマスに聞いた。
「そうだな。本命はチャールズさんかブラックウッド大将だろうな」
「えっ、ブラックウッド大将も出場するんですか?」
「当たり前だろ。前回の優勝者だぞ」
ブラックウッドが出場すると聞いて驚いた。
俺が決闘試合に出場すると真っ先に伝えたのはブラックウッドだった。
だが彼は「そうか」としか反応せず、こうした大会にあまり興味がないのではないかと思っていた。
「僕、ブラックウッド大将に嫌われていますかね?」
「なんだよ急に」
いきなりの俺の相談にトマスは驚いていた。
ブラックウッド大将は義理深く俺の面倒を見てくれている。
だが、どこかで彼は俺の事を避けているように感じるのだ。
彼の剣術稽古は非常に丁寧で分かりやすいのだが、最近は稽古時間も減ってきた。
「安心しろよ。お前は嫌われてなんかいないさ。ブラックウッド大将は稽古に熱心すぎるお前の事を心配してるのさ」
「心配ですか…」
トマスと作業していると、違う場所で作業をしていたテベス王子がこちらに向かって駆けてきた。
「テベス王子」
トマスが敬礼をする。
「やめてくれ。私も一国王軍だ」
テベス王子はそう言うと俺たちと共にテントを設営し始めた。
「おい。マルコ。お前があの白髭ワイレルから選ばれるなんてな。何があったんだ?」
白髭ワイレルとはテレンス伯こと、テレンス家12代目家主のレオ=ワイレル・テレンスだ。
「色々と偶然が重なりまして」
「お前はいつもそうだな。くそ。俺も出場したかったが父が許してくれなかった」
テベス王子は悔しそうに唇を噛む。
かなり身近にいるので忘れそうになるが彼は一国の王子、流石に決闘試合に出場することは叶わなかったようだ。
「ともかく。明日は健闘を祈る。お前が勝ってくれねばお前に負けた俺のメンツが立たないからな」
会場設営の全ての作業が終わるとテベス王子はそう言って去っていった。
俺は寮へと帰る前にトマスと共に明日のルールを再確認する。
形式は一対一の勝ち上がりトーナメント制で出場者は俺を含めた16名。
武器と魔法の使用が許されるが、死に至る攻撃は禁止されている。
試合は決闘者の降参か国王か代表貴族の静止をもって終了となる。
「お前は意外と負けず嫌いだから大怪我する前に降参するんだぞ」
トマスは呑気にそう言うと寮の自室へと帰っていった。
俺も自室に戻り、ベットに腰掛ける。
さて明日のために「PV」を確認しよう。
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ユニークスキル「PV」
累計:4553
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ペースは緩やかではあるが、かなり累計PVも増えてきた。
ドラゴンの討伐の際にもレベルやステータスは上昇したが、やはりこのユニークスキル「PV」の効果なしには俺はここまでこれなかった。
改めて未だ見ぬ読者には感謝だ。
では明日の試合に向けて、最後の調整をしよう。
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「PV分配」
使用可能:38
レベル +1 [40PV]△
最大体力 +1 [20PV]△
最大魔力 +1 [12PV]△
力 +1 [26PV]△
魔力 +1 [12PV]△
すばやさ +1 [48PV]△
運 +1 [50PV]△
農作業Lv. +1 [35PV]△
目利きLv. +1 [20PV]△
硬化Lv. +1 [28PV]△
体術Lv. +1 [30PV]△
剣術Lv. +1 [32PV]△
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「ピコン」
深呼吸し、俺は残りの使用可能「PV」を使って「農作業スキル」を一つ上昇させた。
上がったステータスを確認するためにステータス・ボードを表示する。
「ステータス」
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名前:マルク
年齢:15歳
レベル:12
最大体力:52
最大魔力:19
力:43
魔力:18
すばやさ:65
運:17
魔法:ファイア
ウォーター
ウィンド
スキル:農作業Lv.23
目利きLv.10
硬化Lv.8
体術Lv.7
剣術Lv.4
ユニークスキル:「PV」
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改めて確認するとはっきり分かるが、やはり「農作業スキル」と「すばやさ」が際立って高い。
この二つはユニークスキルを使えるようになって初めて特化させたステータスなので感慨深くもある。
もう後戻りはできないな。
俺は自分の大胆すぎる賭けに溜息を吐く。
決闘試合において「すばやさ」はともかく「農作業スキル」を上昇させた理由はあるアイデアに依る。
まず俺は決闘試合への出場が決まった後、寝る間も惜しんで剣や槍の特訓をした。
また魔法も何度も復習し、武器と組み合わせるような戦い方も必死に考えた。
だがどうしてもブラックウッドやチャールズに勝てるビジョンが浮かばなかった。
なまじっか訓練を積んだだけに、剣や槍あるいは魔法を使ったとしても勝てないだけの実力差があることが嫌というほど分かるのだ。
仕方なく貯まった「PV」を剣術スキルに割り振りしようと「PV分配」画面を表示した時に不意に一つのアイデアが起こった。
それは農作業用の大鎌が武器として使えるかもしれないということだ。
剣術スキルを一つ上げるにはかなりの「PV」を消費するのに比べ、農作業スキルは高いレベルの割にあまり「PV」を消費しない。
農作業スキルはドラゴン討伐での落とし穴作りでも役立ったように、使いようによっては思わぬ力を発揮することがある。
そして決闘試合では武器の使用が許可されている。
流石に弩や大砲などの飛び道具は許されないだろうが、農作業で使うような大鎌なら武器として認められるはずだ。
俺はそのアイデアを持って〈ハムラの工房〉へと向かった。
ドラゴン討伐を機にすっかり有名となったハムラは、多くの依頼を受けて繁忙の様子であったが俺がアイデアを伝えると「やります」とあっさり引き受けてくれた。
ハムラに頼んで作ってもらったのは、武器としての大鎌であった。
そして今日、ようやく出来上がったそれは俺の身体に合わせ、また小回りが効くように農作業用の大鎌よりも少し小型に改良されていた。
またハムラは技術者としてのこだわりをみせ、鎌の上の部分に槍のような突起を作っていた。
ハムラ曰く、これで突くこともできるし、相手の武器を絡めとることもできるらしい。
まるで大鎌とハルバードを掛け合わせたようなそれは間違いなくオリジナルの武器と呼べるものだった。
より良いものを作るというハムラの気持ちは嬉しかったが、俺はこの武器を見た時に農作業スキルが発動するのか不安だった。
それは外見上は大鎌だが、明らかに用途が異なるよう改造されているからだ。
しかし、その不安はこの武器を手に持った時に霧散した。
握りしめた瞬間からまるで導かれるかのように身体が動く。
間違いなく農作業スキルは発動しているのだ。
小さな部屋の中、ひとまず戦鎌と名付けたその武器を持って動きの確認をする。
意思の赴くまま、縦横無尽に戦鎌が舞う。
自分でも視認することが難しいほど早い動きである。
これならばチャールズの槍にも引けを取らないだろう。
草刈りの応用で振ることは容易だが、一方で防御は心許ない。
だから先手必勝か「すばやさ」を活かしたヒットアンドアウェイの戦略を取ることになるだろう。
またこちらは一般的な剣や槍の動きが分かるのに対し、相手がこちらの動きが読めない事を利用するのも一つの手だ。
見慣れない鎌を振り回すだけでも十分な威嚇になるだろうし、鎌の上の突起を利用して相手の武器を絡めとることができればそこで試合終了にすることもできる。
ハムラに刃を付けないように頼んでおいてよかった。
すばやい勢いのままに刃を振りかざせば、人を殺しかねない。
これに刃がつくのは、いずれサルマン家と戦う時、そして平和になった村で父とともに再び草刈りをする時だ。
♢♢♢
第42回フェルマン王国決闘試合の日、生憎の曇りの中、貴族たちの紋章旗が揚々はためいていた。
既にトーナメント一回戦は俺とモンタナ伯代表ベルナールの試合以外は終了している。
もちろんブラックウッドとチャールズは難なく二回戦へと進んでいた。
上肢を掲げる獅子の紋章が施されたテントの中で、俺は試合着とされる革鎧に着替える。
「マルコよ。この奇怪な武器はなんじゃ」
テレンス伯は戦鎌を持ち上げて不思議そうな表情を浮かべる。
まさか自分の選んだ代表者が、こんな未知の武器を使うなんて思ってもいなかっただろう。
だがテレンス伯はどことなく楽しげで、心配というより好奇心が勝っているようだ。
「剣や槍ではブラックウッド大将やチャールズさんに勝てないと分かりました。なので僕は僕なりの戦いをします」
革の小手を装着して俺は言った。
「そうか。よし。行ってこい」
テレンス伯は気合を入れるように大きな手で俺の背中を叩いた。
俺はその衝撃で転げそうになりながらも、そのまま試合場へと進んだ。
先に試合場へと入場した俺は辺りを見渡す。
木の柵に囲まれているだけで、いつもの稽古場ではある。
だが各テントから貴族や他の出場者たちが俺の事を奇異の目で見ている。
ただでさえ無名の俺が出場するという異例の中、さらに異例の武器を携えているのだからそれもそのはずだ。
決闘試合が開催される少し前に、試合を取り仕切る者たちに何度もこの戦鎌を調べられた。
この武器を許可するか一悶着があったようだが、テベス王子の鶴の一声で俺は出場することができた。
観客たちの目は気になるが、今は試合に集中しなくてはならない。
相手となるベルナールは新進気鋭の剣客らしい。
テレンス伯からは大型の盾と刀身の短い剣を駆使して戦う堅実なスタイルだと聞いた。
戦鎌を握り直し、深呼吸をしていると向かい側から噂のベルナールがゆっくりと歩いてきた。
やはりまず目につくのは身体の半分を覆い隠すような縦長の盾である。
縁が鉄で形取られた木製の盾は多くの刀傷を備えていた。
「マルコ君。よろしく。決闘者同士正々堂々戦おう」
白い歯を輝かせたベルナールは屈託のない笑みで握手を求めてきた。
体格も良く、顔も端正で絵に描いたような好青年である。
子供の頃に読んだファンタジー小説の主人公が具現化するのならばこんな人なんだろうと思う。
だが今回だけは俺たちの物語なのだ。
決意と共に強く握手を交わした両者は下がって定位置につく。
試合開始の宣言をするクローデン国王が立ち上がる。
国王軍として勤務していながら、彼のことを見るのは今回が初めてだ。
年齢は40歳前半あたりだと思うが、彫りの深い骨格と神経質そうな表情のせいで少し老けて見える。
彼の側には王子のテベスと王女のカリーナ、そしてシルヴィア王妃が座っている。
テベス王子は真剣な表情で俺の事を見つめているが、カリーナ王女は心配そうな表情で俺に向かって隠れて手を振る。
「テレンス家代表マルコ対モンタナ家代表ファン・ベルナールの決闘試合を開始する」
クローデン国王が宣言すると開始を告げる角笛の音が響いた。
開始とともに向かい合ったベルナールは盾を前に構えながらじわりじわりとにじり寄る。
俺もまた戦鎌を構えてゆっくりと距離を詰める。
ベルナールは盾の奥に身体を隠しながら進んでくるが、予想通り足元にはスペースが空いている。
剣や槍で足元を狙う場合は、基本的に上から下へと斜めに攻撃がなされる。
したがって盾での防御も対角線上の軌道を防ぐだけで十分である。
だからこそ俺は彼と対峙した時から足を狙おうと決めていた。
この戦鎌は草刈り用の大鎌をベースにしているので、横から盾と地面の間に滑りこますように攻撃を仕掛けることができる。
特に相手が農作業をした事のない人間ならば、足元をすくうような草刈りの動きは読み難いはずだ。
育ちの良さそうな青年ベルナール、あるいは剣と槍に慣れ親しんできた武人にこそ、農奴出身の戦鎌の動きは脅威となるのだ。
それは一瞬の出来事だった。
間合いに入った刹那、戦鎌を下方に持ち替えて膝を落とし、刈り取るような動きでベルナールの足元へと戦鎌を振る。
ベルナールは瞬時に盾を下げるが、戦鎌の先は盾の下へと滑り込む。
鎌に足をかけられたベルナールはバランスを崩し、盾を持ったまま地面に転ぶ。
俺は戦鎌の持ち手側で盾を弾き、転げて無防備になったベルナールの顔に戦鎌を突きつける。
「…参った」
一体何が起こったのか分からない様子のベルナールは目の前に突きつけられた鎌の先端を凝視したのち、降参した。
呆気に取られているのはベルナールだけではなかった。
一瞬の内についた意外な結末に辺りは静寂に包まれていた。
俺が戦鎌を納め、倒れているベルナールに手を伸ばした時、テレンス伯の豪快な笑い声が会場全体に響いた。
するとその声に呼応するかのように、要所要所で感嘆の声が上がり始める。
テベス王子が立ち上がり拍手をすると、次第に会場は大きな拍手に包まれた。
こうして俺の第二回戦への出場が決まった。




