第十七話 3034
翌日、テベス王子が階段から落ちて骨を折ったという話題で王都は持ちきりだった。
申し訳なさを感じながらも、王子が本当に俺の事を黙っていたことに安心した。
「では構えを見せてみろ」
真昼間の稽古場でブラックウッドの鋭い眼光の下、俺は剣を構える。
昨夜のテベス王子からの助言で掴んだ剣に血を通わせる感覚を蘇らせる。
「驚いた。本当にマスターしておる」
顎髭をさするブラックウッドは感心した様子で近付いてくる。
すると突然、俺の腹に向かって剣を振ってきた。
咄嗟に剣を持ち上げてブラックウッドの剣を受けると、ガキンという鈍い音が鳴る。
腕全体に衝撃が残り、手のひらがピリピリと痺れる。
「そう。正しい構えとは自然と身体が動くものだ」
確かにブラックウッドの言う通り、勝手に身体が動くように剣を受けていた。
しかし稽古用の剣といえど、いきなり切りつけてくるのはスパルタ過ぎない
だろうか。
「ここからは実践あるのみだ。私の攻撃を全て受け切ってみせよ」
さっきの一撃がまだ序の口であったことを俺は思い知った。
ブラックウッドは腕を鞭のようにしならせて、俺に向かって剣を振る。
流れるような太刀筋を受け切るのはあまりにも困難で、3回に1回は直接身体で剣を受けることとなった。
間違いなくブラックウッドは手加減してくれてはいるが、質量のある稽古用の剣をモロに食らうとしばらく動けないほどの痛みがくる。
「硬化」して身体を守りたいところだが、硬化すれば上手く剣を構えることができない。
そのジレンマに悩まされながらも、俺は必死に立ち上がり続けた。
何度も何度も、俺は身体で剣を受ける。
様々な角度から様々な向きで様々な斬撃が小さな身体に浴びせられる。
身体の至る所から感染していくような鈍痛が広がっていく。
もう立ち上がれないかもしれない。
「剣術には無数の型が存在する。そして私は基本的な型の全てをお前に打ち込んだ」
膝立ちのまま、震える剣を地面について立ち上がろうとする俺にブラックウッドが言った。
「剣は痛いだろう。まずはこれらを全て受ける防御を身につける。攻撃はその先だ」
険しい顔のブラックウッドはしゃがみこんで立ち上がろうとする俺に肩を貸す。
俺はブラックウッドに肩を借りたまま、城の中の医務室まで連れて行かれた。
「次からは一つ一つの受け方を教える。今日の痛みを覚えておくのだぞ」
「ブラックウッド大将。質問してもいいですか?」
「うむ」
「剣術スキルが伸びれば、自然と型も身に付くものでしょうか?」
「難しい質問だな。型を身につけるからこそスキルが伸びるとも言えるし、人それぞれとしか言い様がない」
「そうですか」
「だが私はスキルはあくまで目安でしかないと考えている。レベルが上のものが必ず勝つわけではない。またいくつかのスキルを組み合わせて戦う型も存在する」
ブラックウッドの言葉に納得はしたが少し落胆もした。
剣術スキルに「PV」を分配すれば、万事うまくいくという訳ではないようだ。
「力やスキルへの固執は身を滅ぼすぞ」
ブラックウッドはそう言い残して医務室から去っていった。
大陸一の剣客と言われる男が力を否定するなんてナンセンスだと、俺は不服だった。
自分だって力を求め、剣を極めたからこそ今の立場にいるはずなのに。
そんなことを思いながらジンジンと痛む全身を柔らかなベッドに寝かせる。
昨夜の特訓も相まってすぐに瞼が重くなっていく。
「テベス王子。いけません。安静になさって下さい」
「マルコ。マルコはここか?」
バタバタと騒がしい声が聞こえて目を開けると、四人の従者の静止を振り払ってテベス王子が医務室へと入ってきた。
「やはりここだったか。ブラックウッドにこっ酷くやられた様だな。イテテ」
包帯の巻かれた肋を抑えてテベス王子はぎこちなく笑う。
俺はベッドから飛び起きて王子に頭を下げる。
「申し訳ありませんでした」
「ん。なんのことだ?」
昨夜の出来事を謝るつもりだったが、王子はそれを受け流す。
「テベス王子。どうか安静にして下さい。貴方様の身体は貴方様だけのものではないのです」
最も貫禄のある年長の従者が心配そうに言う。
ヤンチャな王子に振り回される心労が皺の多さから伺える。
「わかった。では俺もここで安静にさせてもらう。一国王軍としてはそれが当たり前だろう」
「ですが…」
「大丈夫だ。用があれば呼ぶ。いけいけ」
テベス王子は鬱陶しそうに手を振ると、ちょうど俺の横の空いていたベッドに腰掛ける。
従者たちは扉の近くで様子を伺うが、王子は手を振り続けて彼らを部屋から追い出した。
「ブラックウッドの稽古はどうだった?」
まるで修学旅行で好きな人を聞くようなテンションで王子は俺に質問してきた。
「ただただ剣を打ち込まれました」
「なるほどな。だから俺に稽古を付けることを遠慮しているのか」
王子は悔しそうに口を歪ませる。
「あの。ケガは大丈夫ですか?」
「やはり肋の骨が折れていた。だが治癒魔法を受けているから1週間ほどで治るだろう。心配するな」
「治癒魔法ですか?」
「そうだ。それも国一番の術師である母君のものだ。お前にもかけてもらうよう頼んでやろうか?」
「いえいえ。滅相もありません」
「そうだな。母君も忙しいからな。そんな事よりお前も横になれ、疲れるだろう」
王子が来てからずっとベットの上で膝立ちになっていた俺は姿勢を解いた。
「お前の手を触ってもよいか?」
突然の王子の申し出に俺は困惑しながらも右手を差し出した。
すると王子は何かを確かめるようにペタペタと手を触れ、不思議そうな顔をする。
「こんなに小さくて柔い手なのに、まるで砲丸が当たったかのような衝撃だった。なにか秘密があるのか?」
好奇心の塊のような王子は屈託のない顔で問いかける。
「「硬化」というスキルです」
「そんなものがあるのか?」
王子の顔がパッと明るくなる。
俺を睨んでいた時もそうだが、彼は本当に感情が顔に出やすい。
そこから王子は矢継ぎ早に「硬化」スキルについて質問を繰り出した。
俺は素性がバレないように嘘を織り交ぜながら答えた。
「はぁダメだ。上手くイメージできない」
「硬化」スキルを発現させようとした王子は溜息をついてベッドに横になる。
「年下の者に負けるのは初めてだった」
テベス王子はポツリと声を漏らす。
「すみません」
「謝るな。俺は褒めているのだ」
「ありがとうございます」
「悔しい。だからまた勝負してくれ。互いにケガを治した後。友として」
「そんな。そんな」
俺は手を振ってかしこまる。
「嫌か?」
「嫌ではないですが」
「よし。では約束だ」
王子は俺に握手を求めた。
俺は恐る恐る大きく硬い王子の手を握り返した。
「お兄様、ここにいますの? あら?」
医務室の扉から入ってきた小柄な少女が握手を交わす俺たちを見て、お上品に口を手で覆う。
「カリーナか」
「お兄様。お邪魔でしたか?」
「大丈夫だ。マルコもいいだろう。俺の可愛い妹だ」
王子の紹介に俺は再びベッドから飛び起きて一国の王女に頭を下げる。
「王女様。マルコと申します」
こうした時にどういう挨拶が適切なのか分からないが、頭を下げる俺に姫様は絢爛なドレスを上げて挨拶を返してくれた。
華奢な姫様は俺と同じぐらいの身長で、綺麗に結われた赤みがかった茶髪がテベス王子との血の繋がりを感じさせる。
真ん丸な目をキョロキョロとさせるカリーナ王女はまだ幼さを残しており、モジモジと恥ずかしそうに俺の様子を伺っている。
可愛らしい王女に見惚れていると、彼女の胸元の首飾りに見覚えのある石があるのが分かった。
「目利き」スキルを発動させて目を凝らすと、その石は眩い光を放ち始めた。
あれは間違いなく俺がマクノリアで売買した魔石だ。
確かに魔女は国宝級に代物だと言っていたが、本当に王女様の手に渡っていたとは驚きだ。
「あまり、ジロジロ見ないで下さい」
恥ずかしそうに胸元を隠す王女に俺はすかさず謝った。
「誠に申し訳ありませんでした。その、首飾りが美しかったもので」
「この魔石ですか?」
少し驚いた顔をした王女は首飾りを手に取る。
「はい」
「これは誕生日に母君からいただいたの。私が魔法学校に通うことなるからって」
王女は優しい母の顔を思い出すかのように幸せそうな顔で言った。
「母君がその魔石は力が強いから練習する時だけ持ちなさいって言ってただろ」
「でも、嬉しくて」
兄に怒られた王女は口を尖らせて下を向いてしまった。
「気をつけて持つんだぞ」
テベス王子は落ち込んでしまった王女にすぐにフォローを入れる。
一見豪快そうな王子も可愛い妹には弱いようだ。
「はい。お兄様」
カリーナ王女の輝く笑顔は、どこか自分の可愛さを自覚していそうな小悪魔的な魅力を放っていた。
「魔法学校ですか?」
前々から気になっていた魔法という存在を詳しく聞くために俺は話題を切り出した。
「そうよ。ポラリス魔法学校に行くの」
「マルコは魔法にも興味があるのか?」
「あります。でも魔法には疎くて」
「俺もあまり知らん。フェルマン王国では男は剣、女は魔法と決まっているからな」
「お兄様。それは古い価値観ですわ。今は入学者の二割は男性になったのよ」
カリーナ王女が頬を膨らませるとテベス王子はやれやれと俺の方を見る。
「しかしマルコは剣術に興味があると思っていたが」
「剣術にも興味はあります。もちろん魔法にも」
「強欲だな。俺以上かもしれん」
テベス王子が笑うとカリーナ王女は「ウフフ」と口を抑えて笑う。
「昔、魔法学校に剣も魔法も極めた神童がいたと聞きました。燃えるような赤い髪をした少年であったと」
カリーナ王女の一言に俺は引っかかった。
魔法と剣を使う赤髪の男で思い当たるのはサルマン家の三騎士「赤のヴァルター」だ。
「その男は今どこにいるか知っていますか?」
「いえ。ですが事件を起こして学校を追放されたと噂があります」
その男が「赤のヴァルター」であるという確信が強くなった。
この国で何らかの事件を起こし、サルマン領で騎士となったと考えるのは妥当だろう。
父の腕を切ったオットーの強さは実感していたが、ヴァルターもまた神童と呼ばれた実力者なのか。
サルマン家の三騎士はやはりして強大だ。
「魔法学校に入るには何か条件があるのですか?」
「条件ですか。色々とありますが…」
「マルコ。こんな事は言いたくないがお前は厳しいだろう。この国で魔法学校に入れるのは貴族の生まれか、莫大な授業料を払える者だけなんだ」
テベス王子が落ち込む俺を慰める。
「なら、私がマルコさんに教えてさし上げますわ」
「え?」
「明日から入学ですの。だから私が学校で教わった内容をマルコさんに教えますわ」
「いいのですか?」
「はい。お兄様の初めてのご友人ですもの」
カリーナ王女がそう言うとテベス王子は恥ずかしそうに顔を赤くする。
「ちょっと待て。では俺も教わる。これ以上マルコに強くなれれては困るからな」
テベス王子が焦りながら横になった身体を持ち上げると「イテテ」と折れた肋をおさえる。
「じゃあ。お二人の怪我が治ったら勉強会ね」
カリーナ王女は嬉しそうに跳ねながら「お元気で。お兄様。マルコさん」と医務室の扉から出て行った。
王族と剣と魔法。
ファンタジーの世界への扉が開いた気がした。




