第十四話 2404
翌朝、鳥の鳴き声に目を覚ますと、イェフェンは旅支度をしていた。
「起きたか。こっちの方角に真っ直ぐ進めば、森を出れるだろう」
寝ぼけている俺が礼をすると、イェフェンは「私はもう行くから、気をつけなさい」と言い残して歩き始めた。
「あの」
俺は彼女を引き止めた。
「なんだ?」
「いや、なんでもありません。昨日はすみませんでした」
「謝るな。私も楽しんだ。ただし、また会った時は覚悟しておけよ」
木漏れ日の中で微笑んだ彼女は、どうしようもなく美しかった。
彼女が去り、俺も旅支度をする。
出発前にふと気になり確認する。
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ユニークスキル「PV」
累計:2404
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当たり前だが閲覧(PV)数が増えている。
純粋に喜びたいところだが、昨夜の情事を多くの人々に見られたと考えると、急に恥ずかしくなってきた。
はぁ、と俺は溜息をついて歩き始めた。
穴があったら入りたい気持ちだが、穴に入っても仕方ない。
こちらから読者を認識できない以上、俺に抵抗する術などないのだ。
むしろこれを機に読者が増えれば、それだけ俺の力になる。
2時間ほど森を進むと急に視界が開け、どこかへと続く道が現れた。
森を抜けたということは無事にサルマン領を出たということでもある。
晴々しいような気持ちと共に、両親たちを村に残している居心地の悪さも感じる。
ともかく今は王都へ急ごう。
サルマン家を打倒する力を付けるには戦闘系のスキルを獲得するのも大事だが、閲覧(PV)数を伸ばすような展開も必要だ。
王都へ着けば、目立ち過ぎない程度に色々と活動してみよう。
そんな事を考えながらも、要所に立っている看板や地図を頼りに俺は道を進んだ。
そこから先は特筆することもないぐらいに順調だった。
土地や季節柄、夜になってもある程度の暖かさが保たれていたことは幸運だった。
村を出て6日目の朝方、俺はついに王都セントフィルへ辿り着いた。
それは地図上に記されているからというのもあるが、非常に大きな城壁に囲まれており、一目見ただけで巨大な都市だと分かる。
大陸の中央を縦に流れるカルマン大河の上流に位置するセントフィルへと入るには石橋を渡る必要がある。
11組みのアーチからなるシンプルな作りの石橋は、タサレ・モモタル・アーシャ橋という大層な名前に負けないほど立派であった。
流れの緩慢な大河を見下ろしながら馬車が3台同時に通れるほどの幅の橋を歩いていると、先に外敵の侵入を防ぐための門と長槍を携えた門番がいるのが見えた。
何食わぬ顔で通り過ぎようとしたが、警戒している様子の全くない門番が一応の義務を果すべく俺の素性を聞く。
「冒険者志望のマルコです」
橋を渡りながらなんとなく考えていた。
王都へと行き来するような商人と名乗るにしても肝心の商品がない。
だから俺は冒険者という旅をするにも違和感がないであろう職業を選んだ。
「冒険者になるのは自由だが、やめときな。今まで多くの冒険者志望の馬鹿たちを見てきたが、それでもお前ほど貧弱な奴はいなかったぜ」
門番は嘲笑というよりも憐れみから小さな俺に忠告した。
「やっぱり厳しいですか?」
俺は無知な少年のフリをした。
「ここで冒険者として食っていくには最低20レベルは必要だと言われてる。悪いことは言わねぇから諦めて帰りな」
20レベルか。確かになかなかのレベルだ。
今までレベルを上げてこなかったから、俺もまだ到達できていない。
「雑用でもいいんです。冒険者になるのが夢で」
「まぁ。死ぬのは勝手だ。通りな」
俺が食い下がると、馬鹿な若者には構っていられないと門番は気怠そうに俺を通した。
手続きもなく無事にセントフィルへと入れた事に胸を撫で下ろしていると「ちょっと待て」と門番が俺を引き止める。
「その剣はどこで手に入れた?」
門番は俺の携えた片手剣を指して言った。
これは父ガリアから貰ったものだが、本当の事を言っていいのか躊躇した。
「それは国王軍の剣だ。なぜお前が持っている?」
門番は長槍を持って、つかつかと近寄ってくる。
「父の形見です」
父ガリアの事を言えば、俺の素性もバレてしまう気がして、咄嗟に嘘を付いた。
「そうか。すまんかったな。国の英霊の冥福を祈る。困ったら国王軍のブラックウッド大将のところへ行きなさい。義理深いお方だ。必ず助けになるだろう」
門番は天高く長槍を捧げた。
俺は門番に礼をして、堅牢な門を潜った。
王都セントフィルの玄関口は旅人や商人を迎え入れるための、宿屋や食堂などが立ち並んでいた。
全ての建物が二階建て以上の大きさで、各所で建築工事や改修工事が行われている。
さらに舗装された石床には馬車や人々が行き来し、人口の多さや発展していく都市のダイナミズムを感じさせる。
洗濯物を干すために窓から顔を出す逞しい女性、大事そうにワインの瓶を持って歩く浮浪者風の老人、街角に寄りかかって楽しそうに話す恋仲らしき若者たち。
この異世界に来て初めて感じる匿名の感覚に俺は安心した。
ここに居ればナザム村のマルクではなく、ただの青年として都市に溶け込むことができるだろう。
俺はキョロキョロと辺りを見渡しながら、セントフィルに入ってからずっと視界にあった巨大な城の方へと向かって歩いた。
馬車の走る大きな街道も城に向かって伸びているようで、城が都市に中心にあるのだろう。
巨大な城は4本の尖塔を備えており、都市全体を見下ろすかのように聳え立っている。
尖塔を仰ぎ見ながら歩いていると後ろから女性の悲鳴が聞こえた。
振り返って声の方を見ると、転げている女性と革のポーチを持って走り去ろうとする男の姿が見えた。
ひったくりだ。
俺は地面を蹴って男を追いかけた。
「すばやさ」のお陰で直ぐに追いつくと、抵抗する男に「硬化」した拳を腹に浴びせる。
手加減はしたが男はカハっと胃液のようなものを吐き、その場にうずくまった。
「ありがとうございます」
ポーチを渡すと女性は何度も礼を言って去っていった。
うずくまった男をどうしようかと思っていると、通りかかった豪華な馬車から長身の男が降りてきた。
近寄ってくる男の只者ではないという雰囲気に、俺は無意識に全身を「硬化」していた。
白髪混じりの長髪を一つに結んだ武人風の男は、猛禽類のような鋭い眼光で俺をおくる。
「青年。やるな」
男の声は見た目以上に年を取っており、威厳を感じさせるものだった。
俺が会釈をすると「このまま連行する」と長身の男は、後ろから付いてきていた体格の良い茶髪の男に伝えた。
茶髪の男はうずくまったひったくりの男を軽々と掴むと馬車の中へと連行した。
「警戒しているが、何かやましいことでもあるのか?」
自分が連行させるのではないかと身体を固くしていた俺を見透かして武人風の男は言った。
「いえ。なにも」
俺は早くその場を去ろうと、歩を進めた。
「待て。その剣はなんだ?」
「父の形見です」
「父の名は?」
「…ベンソンです」
「我が軍にベンソンと言う名の者がいたことはない」
俺の腕を掴んで引き止めるその男は、国王軍大将ブラックウッドその人であった。
詳しい話を聞かせてもらうとブラックウッドは俺を馬車へと乗せた。
馬車の中は、俺とブラックウッドとひったくりと茶髪の男の四人でぎゅうぎゅう詰めだった。
「剣を見せろ」
父ガリアから貰った片手剣を渡すと、ブラックウッドは真剣な目つきで剣の隅々までを精査する。
「これは退役したガリアの剣だ。奴は死んだのか?」
驚いた。
剣を見ただけでその所有者が分かるなんて、何か特別なスキルでもあるのだろうか。
「死んではいません」
ガリアの息子であることがバレないように言葉を濁した。
「ではこの剣をどこで手に入れた?」
単純な質問だが、この男にこれ以上嘘は通用しない気がした。
しかしそれ以上に、この男は信用たる人間だとも思った。
なぜなら父ガリアが死んでいないと言った瞬間に、彼はふと安堵したような表情をみせたからだ。
だからこそ俺は「答えたいのですが、二人だけでお話できませんか?」と伝えた。
義理深いと言われるブラックウッド大将だけになら、本当の事を伝えても良いかもしれない。
ブラックウッドが「相応な事情があるのならいいだろう」と了承すると、隣に座る茶髪の男は明らかに不機嫌になり始めた。
茶髪の男に睨まれながらも馬車は進み、大きな城が間近に見えてきた。
下げっぱなしの跳ね橋から馬車は城の中へ入り、俺は城内の小さな部屋へと連れられた。
「さて。お前の素性と剣について詳しく話してもらおう」
ブラックウッドと二人きりになった俺は、転生したことと「PV」スキルのことはできるだけぼかしながらも、成り行きを話した。
「サルマン方伯の圧政がそこまで進んでおったとはな」
俺を話を注意深く聞いていたブラックウッドは溜息を付いて顎髭をさする。
「ガリアは良い剣士だった。無理を言ってでもここに残れと説得すればよかった」
ブラックウッドは退役したガリアをサルマン領へと行かせたことを後悔しているようだった。
「お前たち家族にはすまない事をしたな。時間はかかるかもしれんが、ガリアとマーサを王都へと移住させるようにはからってみよう」
ブラックウッドは俺の話を信じてくれた上に、とても親切な提案をしてくれた。門番が義理深い方だと慕っていたのも納得できる。
「お話はありがたいのですが…それよりもサルマン家をどうにかすることはできませんか?」
「どうにか、とは?」
「打倒することです」
ブラックウッドを完全に信用した俺は核心に迫った。
するとブラックウッドは厳しい顔を覗かせる。
「口には気を付けろ。その発言だけで罪に問われることもある。金輪際、そうした話はしないことだ」
俺が謝るとブラックウッドはサルマン家とフェルマン王国の関係について語ってくれた。
ここフェルマン王国は、デゼルの戦いと呼ばれる300年前の他大陸からの侵略に瀕した際に、いくつかの部族が統一されて興った国家である。
デゼルの戦いで大きな戦果をあげたのがメイリング族とサルマン族であり、メイリング族はフェルマン王国の現王族メイリング朝となり、サルマン族は方伯としてサルマン家となった。
メイリング朝と多部族からなる貴族たちは土地柄もありフェルマン人としての同族意識があるが、少し離れたサルマン家は未だに自立的な態度を貫いているのだという。
デゼルの戦いでは戦いの舞台となり最前線での戦いを余儀なくされたサルマン族は、とりわけ軍事力を重視しており、メイリング朝にとっても簡単には手出しできない目の上のたんこぶとなっているのだ。
「ゆえにクローデン現国王とて簡単にはサルマン家に干渉できない。打倒することなどもってのほかだ」
まるで高校の時に習った世界史のような出来事が起こっているのだと、俺は漠然と話を聞いていた。
ともかく理解できるのはサルマン家を打倒するのは一筋縄ではいかないということだ。
「家族の件はありがとうございます。ですが両親は多分こっちには来ないと思います」
父ガリアと母マーサがお世話になっているドルビンやベンソンを置いて自分たちだけ村を出るとは考え難い。
「そうか」
「代わりと言ってはなんですが、僕に剣術を教えてくれませんか?」
思い付きであったが、この人に剣術を習うのが一番適しているはずだ。
ブラックウッドの鋭い眼光は武人のそれであるし、剣を見ただけで所有者が分かるほどの剣へのこだわりは尋常ではないはずだ。
「ふむ。私が大陸一の剣客と呼ばれるのを知ってのことか?」
一瞬戸惑った顔を見せたブラックウッドは鋭い目つきのまま言った。
ブラックウッドが剣術に優れているという予想は当たっていた。
いや、当たり過ぎてしまったかもしれない。
しかし、ここへ来た理由を理解してくれた上に剣術にも優れているという人間に出会えた幸運を逃すわけにはいかない。
「お願いします」
「分かった。ただし、稽古をつけてやる間は国王軍として働いてもらう」
ブラックウッドから渡された国王軍の制服は俺には大きくてぶかぶかだった。




