第十一話 1922
名前も姿も分からないドクターのお陰で一命を取り止めた俺は、生きたまま死体置き場へと運ばれた。
なぜドクターは俺を助けたのか。
真意は分からないが、たぶん彼もまたサルマン家に暴政に倦み果てる一人なのだと思う。
もしかすると牢獄から出される前に最後のダメ押しで残りの「PV」を「運」に割り振っていたお陰で、そうしたドクターと巡り合えたのかもしれない。
そして俺がこうして生きているのは死の間際に聞こえたマルクの声に導かれたからでもある。
なぜかは分からないが、彼はどこかで俺の事を見守ってくれている気がする。
そんな事を考えていると、死体置き場へとついたようである。
死体置き場である人里離れた荒野には多くの死体が粗雑に横たわっていた。
彼らは埋葬されることも焼かれることもなく、ここで腐って朽ち果てていくのだろう。
辺りを満たす強烈な死臭に鼻だけでなく瞼の奥の眼球すら痺れてきた。
俺を含めた三体の死体を運んだ騎士たちは、そこから逃げるように去っていった。
死臭に耐えながらしばらく動かずに様子を伺った後、俺はゆっくりと身体を起こした。
ここにあるのは死体だけで、一切の生物の気配がない。
辺りを見渡した俺は、黒い服を着た死体から服を剥ぎ取り、荒野を歩き出した。
俺はこの異世界で生き残る。
そして力をつけた暁に、サルマン家を滅ぼす。
ここにある全ての死体に俺は誓った。
そこから俺は姿を隠しながら、ナザム村へと向かった。
幾度なく迷いながらもナザム村へと辿り着いた頃には日も暮れており、村には人の姿はなかった。
ひとり俺は焼けてしまった家跡の前に立った。
闇の中で目をこらしながら、家の前の土を掘る。
すると土の中から木箱が出てきた。
俺はヤグーと共に稼いだ残りの18200ゴールドをここに隠していたのだ。
俺は木箱を持って両親が居るだろうと踏んだドルビンの家に向かった。
「マルク!」
俺がドルビン宅の玄関に立つと、眠る父のそばで椅子に座っていた母が叫びに似た声をあげた。
すると父は飛び起き、さらに驚いた様子のドルビンも現れ、俺はここまでの経緯を三人に説明することとなった。
「良かった。本当に良かった。俺は明日、お前を取り戻すためにサルマン城へと向かうつもりだった」
父ガリアはそう言うと涙を流す。
やはりまず先にここへ向かったのは正解だった。
父がもしサルマン城へ行っていたなら恐らく彼も殺されていただろう。
そこから俺は、もう自分が死んでいることになっているから、ここには居れない事も伝えた。
「だから僕は王都セントフィルへ向かうよ。人が隠れるなら人の中の方がいいと思うし、少し前から行ってみたいとも思っていたんだ」
「けど、あなた一人で生きていけるの」
心配そうな母のために、俺は自らのステータスを開示した。
ーーーーーーーーーーーー
名前:マルク
年齢:15歳
レベル:5
最大体力:30
最大魔力:2
力:25
魔力:2
すばやさ:47
運:11
魔法:なし
スキル:農作業Lv.14
目利きLv.10
硬化Lv.7
ユニークスキル:「PV」
ーーーーーーーーーーーー
彼らは真剣な目で俺のステータスを確認すると、驚きと困惑の顔を見せた。
「いつの間に、こんなに強くなったんだ」
父ガリアは左手で頭を抱えた。
「色々あったんだ。本当のことは、いつか絶対に話そうと思ってる。だけど僕が生きて、またここに帰ってくることだけは信じて欲しい」
「当たり前よ」「当たり前じゃないか」
両親は合わせたかのように、同じ反応をした。
異様なステータスを見せることに不安を感じていたのは俺の杞憂だったようだ。
彼らは息子であるマルクの事を信じており、ただ生きてさえいればそれでいいのだ。
「ドルビンさん。両親を頼みます。これを」
俺は金の入った木箱をドルビンに渡した。
これだけの金があれば、3人いてもしばらくは生活できるだろう。
「お前、どこでこれだけの金を」
「安心してください。しっかり商売で稼いだお金です。王都でも商売をしようと思っているので、手紙と共にまたお金も送ります」
ドルビンは唖然とした様子で、口を開けたまま俺と金を交互に見つめる。
「そろそろ行くよ」
俺は村人たちにバレることを警戒して、夜中の内に村を発とうとした。
「待て」
父ガリアが俺を引き止める。
「今日は遅い。ここで泊まっていきなさい」
父は真剣な顔でそう言った後、少し笑って「いいですか?ドルビンさん?」とふざけて見せた。
「あぁ。今夜は家族で過ごすといい。あと、風呂に入っていけ。お前さん酷い臭いだ」
ドルビンは家の外にある医療用の大きな鍋のような風呂に水を貯め始めた。
「うん。じゃあ早朝に出るよ」
俺がそう言うと、両親は顔を見合わせて満面の笑みを浮かべた。
やはり俺が守りたいと思ったのは、この幸せだったんだな。
幸せを噛み締めるような両親との会話は、日が昇るまで続いた。
♢♢♢
翌朝。
「行ってらっしゃい。マルクの安全を祈ります」
母は両手を組んで、俺のために祈りを捧げた。
「俺は祈れなくなってしまったから、代わりにこれを渡そう」
父はどこからともなく年季の入った片手剣を取り出した。
「ずっと家の天井に隠していたんだが、これは俺が国王軍に属していた頃の相棒だ。お前には少し大きいかもしれないが、今のお前になら使いこなせるだろう」
父は片手剣を渡すと、俺の小さな身体を小突いて笑った。
「手紙を出すときは、偽名を使い自分の情報は書かないようにしなさい。サルマン家は手紙も検閲していると聞くからな。頑張って生きろよ」
ドルビンはそう言うと俺に握手を求めた。
「この馬鹿夫婦のことは私に任せろ。お前さんが帰ってくる頃には弟ができてるかもしれんがな」
握手を交わしている最中にドルビンがそう言うと一瞬気まずい沈黙が流れて、その後は大笑いが起こった。
アリアやベンソンにも挨拶をしたかったが、監視の目がある村でこれ以上目立つ訳にはいないので、俺は隠れて村を出た。
誰もいない早朝の道をしばらく歩き、ふと振り返ると大きな雲から朝日が顔を出して、まるで俺の旅立ちを見守ってくれるようだった。




