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named L  作者: はぜ道ほむら
第一章 再誕する竜のアシンメトリ
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死の森の囲む華々しい庭園

 


 落鳥樹の森の中をエルリンデが進む。新月のような暗黒が時間感覚を狂わせる。落鳥樹の枝葉が全ての陽光を遮り、苔が生む小さな光だけが微かに暗闇を照らしている。

 道中、エルリンデは投擲してからそのままにしていた奇形の双剣の片方を回収した。殺戮狼の流れ出た血が剣全体に付着し固まっていたが、タレファス鋼製の剣はその程度では錆びない。目に刺さり深々と頭を貫いた剣を力任せに引き抜いて、水で血を軽く洗い流しポーチに仕舞う。刃に獣の血や油が付いた剣は、切れ味が落ちて使い物にならないのだ。


「ん、中心が見えてきた」

 昨日、クラリスが高台から遠視の魔術を用いて得た情報によると、落鳥樹の中心は一本の巨木が聳え立ち、その巨木を小さな野原が輪の形に囲んでいるらしい。つまり森の中心は唯一、外から光が入る場所だ。

 エルリンデの進む先、大木の並ぶ隙間から強光が目に入ってくる。つまりは中心に近づいているのだ。


『気を付けろよ、エル』

「うん」





「………花畑?」

 エルリンデの目に陽光が入り、目を細める。しばらくそのままでいると、段々と強光に目が慣れてくる。目を開いたエルリンデが見たものは美しい花々であった。

 美しい植物が辺り一面に広がっている。それはそのまま地面に植っているものや、鉢に植えられているものもある。足の踏み場が無いくらいに美しい花々が咲いている。加えて、石畳でできた道が枝分かれして巨木に続いている。どうやらここは庭園の様だ。この綺麗な庭園は、屍が転がっている落鳥樹の森には似つかわしくなく、明らかに異質である。


「取り敢えず、術者がいることは確定」

 鉢に植えられた植物、舗装された石畳の道、枯れている花が無いことなどの全てが、此処に人あるいは人に近しい者の営みがあることを証明している。此処の管理をしている者と呪いを操っている者は同一人物であると、エルリンデは予測している。


「……うん、正面からの方が良いね」

『…………』

 クラリスは黙り込んでいる。エルリンデの思考を邪魔しないように、情報を聞き逃さないように。外野から口出しするのは、現場の判断を濁らせてしまうことがあるのだ。情報の摺り合わせは何時でもできる。

 エルリンデは石畳の道を正面から進む。というのも、隠れて進むには道を外れる必要があるが、石畳の道以外は全てが美しい植物で覆われており、歩くと踏んでしまうだろう。この植物たちからは、愛を感じる。葉に虫食いは無く艶々と輝いていて、枯れている植物は無くその美しさが際立つような配置がされている。この美しい植物たちを踏み潰してしまうと、術者の怒りを買う危険がある。それは術者がどのような存在であったとしても、不利益にしかならない。


「うん?この花……エノン平野とアポミロ山脈では見ない種類」

 エルリンデは綺麗に舗装された石畳を歩きながら、美しい植物に目を向ける。エルリンデは元々自然の中で暮らしていたことや旅の経験から、地理や植物、動物などの旅に役立つ知識に富む。彼女は綺麗に育てられた植物たちを観察し、ある違和感を覚える。

 その違和感とは、植えられている植物の種類によるものだ。幾つかの植物がエノン平野とアポミロ山脈では見られないものであると気づく。具体的な種までは分からないが、少なくともエルリンデは見たことがない植物たちだ。


 アポミロ山脈は円状に連なり、端と端が繋がった特殊な形状をしている。その内側に広がった平地がエノン平野だ。大陸でも珍しい地形で、通行の便が悪いことなどから陸の孤島と称されることもある。山脈によって隔離された環境のせいか、アポミロ山脈の内側には固有の植生が広がっている。

 まず、エノン平野の特徴的な植物として、赤い花々が挙げられる。太古よりこの地を治めていた太陽神フレスミアトは赤色を好んでいるとされており、エノン平野に赤い花を咲かせる植物を創ったと語られている。真偽は不明だが、確かにエノン平野は春から夏にかけて沢山の赤い花々が咲き乱れる。これは聖都エノンの風物詩にもなっている。また、大陸全土に生息する植物種でも、エノン平野産のものは僅かに異なる形態を持つが知られている。植物学に精通する者が植物の花、葉、茎を観察すると、エノン平野産の植物固有の特徴を見出せるはずだ。


「メモしといてね」

『言われなくともさ』

 これらが意味することは……まだ分からないが、些細な情報でも見逃すべきではない。二人がこれまでの冒険で学んでいることだ。



「っ!」

 歩みを進めていくと、道の脇に焼けた痕跡を残す地面と、その上に大型のモンスターが地に伏せている姿を見つける。エルリンデは驚いた顔を浮かべた後、何かを予感したのか直ぐに渋い顔へと変わる。

 そのモンスターはピタリと時が止まったかのように動かず、翼を広げて地にうつ伏せで突っ伏していた。このモンスターは体長の二倍ほどの大きな一対の翼、爬虫に特徴的な長い顔と大きな口、長い二つの角、鋭い爪を持っている。その巨躯は角や爪などの一部を除いて全て鱗で覆われている。エルリンデは死してなお強い存在感を発するこのモンスターを知っていた。


 顕在する災厄『真なる竜(トゥルードラゴン)』の死体がそこにはあった。



エノン平野:アポミロ山脈に囲まれた、円形の平野。中央に聖都エノンが構え、それ以外に幾つかの宿場町と村が点在する。山脈に囲まれた特殊な地形のせいか独特の植生が発達しており、春から夏にかけて真っ赤な花々が咲き乱れている。様々な植物のほぼ全てが赤い花を咲かせるのは、エノン平野をお膝元とする太陽神が赤色を愛しているためだと考えられている。

謎の庭園:手入れの行き届いた美しい庭園。落鳥樹の森の中央、最も大きな巨木の根元に作られたそこは余りにも異質であった。エノン平野には自生していない植物が栽培されているのも異質であるが何よりも、死が満ちる落鳥樹の森に、ここまで美しい庭園があるのは異質の極みである。


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