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named L  作者: はぜ道ほむら
第一章 再誕する竜のアシンメトリ
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篝火囲む作戦会議

 


「お疲れ。相変わらず凄まじい動きだな」

「うん、まあね」

 エルリンデはそっぽを向く。純粋な称賛というのは照れくさいらしい。

 エルリンデとクラリスの二人はどちらも個人技に優れていた探索者であるが、連携や協力は苦手な部類である。それもそのはず。彼女たちはパーティ結成以前、それぞれ単独で銀級探索者にまで至った者たちだ。探索者としての基礎的な技能は全て取得している。連携は必要ないともいえるかもしれない。

 二人をパーティに誘ったのは『天陽の聖女』クエン・フレスミアトだ。聖都エノンの聖女であるクエンは、時々お忍びで探索者の癒し手(ヒーラー)として活動している。その中で二人の女性探索者に目を付けて、パーティを結成したという運びだ。高位の女性探索者というのは珍しい。若い単独(ソロ)となれば猶更だ。

 パーティではエルリンデとクラリス、クエンで連携することもあった。エルリンデが先頭で剣を振り、クラリスが中央で魔術による援護、クエンが殿で傷の回復と後方の警戒、そして戦闘指揮を行う。強大な力を持つ二人を統制して効果的に扱う、軍師のような戦闘指揮技能をクエンは持っている。そのため連携指揮はクエンに任せきりで、二人だけの連携は練習してこなかった。二人だけで依頼を受ける時は連携するのは稀で、結局は個人技でのごり押しになりがちだ。


「さて、キャンプに戻ろう。ここの片付けは明日の昼にやっておく」

「うん。任せるよ」

 日が暮れ、空に浮かんだ満月が辺りを照らす。特にエルリンデが戦っていた場所は血が撒き散らされ、大狼の死骸が転がっている。片付けは骨が折れそうだ。

 二人は小高い丘にあるキャンプへと帰る。狼を一頭担いだエルリンデは眠たそうに欠伸をしながら、クラリスは未だ元気が有り余ってる様子で歩みを進めていく。



 ◆◇◆



「うーん、固いな」

「確かに」

 キャンプにて、焚火で炙った狼肉を食べている。狼肉は筋張って固く、不評のようだ。そもそもあんな腐肉塗れな土地にいた殺戮狼の肉を、加熱しているとはいえ躊躇なく口に運べるのは探索者だからこそだろう。

 エルリンデとクラリスの二人は焚火を囲み明日の調査に向けて話し合いをしている。


「明日の調査についてを話しておこう。明日はいよいよ落鳥樹の森の中心、この森が発生したと考えられる地点の調査になる。これまでのエルの証言からしてこの森を取り巻く呪い、それを操っている術師が中心にいるはずだ。対話が可能かは分からないが、恐らくは戦闘になるだろう」

「そうだね」

 エルリンデはクラリスの話に相槌を打ちながら、今日の戦いで酷使した剣のメンテナンスをしている。

 奇形の双剣の一振りに付いた血糊を隅々まで粗布で拭い、水桶に貯めた水に刀身を浸しておく。鉄製の剣には水気は錆びの元であり、水に浸すなど論外であるが、この剣は特別な錆びない金属が使用されている。

 この双剣はタレファス鋼と呼ばれる、大型の火山の山頂付近で採掘される希少で高価なタレファス鉱石を製錬したものが使われている。頑丈で腐蝕耐性を持つという剣士にとって理想の素材である一方で、途轍もなく重いという癖のある素材だ。奇形の双剣は刀剣として比較的短く小型のものに分類されるが、二刀合わせた重量は厳つい重戦士の振るう鉄の特大剣にも劣らない。それだけ、タレファス鋼は高密度の金属なのだ。

 森で殺戮狼に投擲してから回収していないもう一振りの代わりに、ポーチから予備の全く同じ形状、素材の奇形の剣を取り出す。高価な剣なので明日の調査の時に回収するが、それまではこの剣を使う。剣を投擲するという特殊な戦闘スタイル上、エルリンデはよく投げた剣を失くしてしまう。なので高価と言っても、一応は替えの効く奇形の双剣は全く同じものをもう一組ポーチに常備していたりする。


「術師の強さは未知数だ。戦闘になったら迷わず退避した方が良い。今回の依頼には脅威の排除も含まれているが、情報を持ち帰る方が遥かに有意義だ」

「確かにね。森を一つ作るほどの力というのはちょっと説明が付かないし。それこそ神格やそれに類する存在の可能性も否定できないよね」

 神、悪魔、ドラゴン、精霊など、人智を超えた存在というものは無数に存在する。人間に対し好意的で人語を介し、交渉することができるのならばそれに越したことはないが、そうはならない者の方が多い。このような強大な存在と出会ってしまった場合、余程の手練れではない限り蹂躙されてしまう。


「クエンがいてくれれば、大体何とかなるのだけど」

「なーにいってんだか。本気出せばエルも何とでもできるだろうに」

「………神様の助けに甘えてばかりじゃいけないから、ね」

『天陽の聖女』クエン・フレスミアト__聖都エノンを統治する聖教の最高権力者であり、太陽神に愛された清らかなる御子。何歳かは誰も知らず、その容姿は美しい赤髪の少女である。本人曰く「聖女は歳を取らない」らしい。戦闘指揮や地質学などそんなものが必要あるのかという技能まで習得しており、身近な者から見ると胡散臭さが際立つ。気心の知れた二人からすると胡散臭さの塊のような存在であるが、その優れた容姿と時々披露する神聖術の優美さから、民衆からの人気が高い。加えて、一般には知られていないが聖都エノンの最高戦力でもある。

 そんな彼女は聖教の仕事で忙しいらしく、最近はめっきり人前に出てこない。今回のような事件は彼女の大好物であり、クエンが表に出てこないのをクラリスは意外だと感じた。


「まあ、あいつが直接対応する程だ。裏で何か大きな騒ぎがあったのかもな」

「無い物ねだりか。いや、無い者ねだりだね」

「明日に備えて今日はもう寝るといい。見張りは私がやっとくよ」

「うん、ありがと。それじゃおやすみなさい」

「おやすみ、エル」

 エルリンデは張ったテントの一つに入っていく。睡眠は最高のパフォーマンスを引き出すのに必須である。今回のクラリスの役回りとしては、エルリンデをサポートするものだ。

 森を覆う呪いの詳細が分かるまでは、クラリスが落鳥樹の森に踏み入ることはできない。二人で一緒に探索したくてもできない理由はそれだ。強力な呪いに抵抗するにはエルリンデのような特別な素質を持つ必要がある。残念ながら、クラリスにはそれが無いのだ。

 エルリンデは明日、午前から森に潜り、最深部__落鳥樹の巨木が立つ森の中心の探索を行う予定だ。そこにはこの異常な死の森を生み出した術師がいる筈である。不測の事態というのは起こるものだが、一人ではなく二人ならば対処できるかもしれない。クラリスはエルリンデを一人で行かせるのに一抹の不安を覚えていた。



クエン・フレスミアト:エルリンデとクラリスが組んでいたパーティの最後の一人にして、パーティのリーダー的存在。癒し手の探索者として活動しているが、その正体は聖都エノンの最高権力者にして太陽神の寵愛受ける麗しき聖女その人である。好奇心旺盛な性格であるが現在は忙しくしているらしく、表に出てくることは少ないようだ。


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