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named L  作者: はぜ道ほむら
第一章 再誕する竜のアシンメトリ
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落鳥樹の森に満ちるモノ

 


 エノン平野を囲むように円状に連なるアポミロ山脈が近づいてくるように見える。聖都エノンからエノン平野を馬車で4日、徒歩で1日。いくつかの村を経由しながら、エルリンデとクラリスは落鳥樹の森を視認できる位置まで近づいていた。

 丘の上から見下ろした落鳥樹の森は、周りに繁茂した緑の森林よりも暗く見え、中心に屹立した巨木から円状に広がっているようだ。それにしても、巨大な森である。アポミロ山脈のエノン平野側を覆い尽くす様に広がっている。とても一冬で成長したとは考えられない大きさだ。


「此処らにキャンプを建てておこうか」

 そう言ってクラリスは、平野の僅かに高い位置、周囲を警戒しやすい高台に野営地を建て始める。

 クラリスの身長ほどもある長い杖の石突を地面に刺すと、辺りの地面がまるで粘土であるかの様にぐにゃぐにゃと形を変える。クラリスの魔術だ。土は次第に堀、柵、橋を形作り、固定される。

 これでもう野営地はほぼ完成だ。後はテントを張るのみである。



「さて、移動中に話した通り、此処からは別行動だ。エルは落鳥樹の森の調査、私は此処でエルが調べた情報の精査と万が一のバックアップだな」

「分かってる」

 エルリンデとクラリスでは、未開の土地での調査に大きな差がある。エルリンデは剣士であるため、その場その場での瞬発的な対応力に優れる。一方、クラリスは少し特異な魔術師で、罠を用いて自分の得意領域に引きずり込む魔術を好む。そのため事前に罠を張る魔術の詠唱が必要であり、奇襲には驚くほど弱い。僅か数秒の詠唱でも戦闘では命取りなのだ。

 今回の調査は不測の事態が発生する可能性が高く、また森の中ではクラリスの魔術は性能を発揮しずらい。エルリンデ一人で落鳥樹の森に入るのも、クラリスが足手纏いになるのが分かっているからこその采配だ。


 エルリンデは野営地に入り、旅装束から戦装束へと着替える。雨風を防ぐためのローブを脱ぎ、ポーチから取り出した二対の異形の剣をベルトと金具で背中に吊す。


「じゃ、行ってくるね」

 準備を終えたエルリンデは森に入っていく。彼女の森歩きの技術は一級品で、冒険者として活動していたクラリスでさえ目で追いきれない速度で森を歩く。彼女は直ぐに森へ消えていった。


 それを見ながら、クラリスはポーチから幾つかの本と一冊のノート、ペンとインクを取り出す。本は薬学や魔術書、魔物辞典、植物辞典など今回の調査に必要だと思われる諸々が揃っている。ノートはエルリンデの調査を余さず記録に残すためのものだ。

 それを魔術で作った土製の机の上に置き、自身も土製の椅子に座った。


「はてさて、森はどうなってるのやら」



 ◆◇◆



「現在異常なし」

『周辺の森に影響は無さそうか?』


 黒く高い木が生え並ぶ落鳥樹の森、その周囲を囲む木漏れ日溢れる青々とした森をエルリンデが進む。

 その姿は普段の腰に一刀帯剣しローブを着た旅装束ではなく、奇妙な武装を纏った姿だ。肘から下を手指まで覆うガントレット、足先から膝、外腿を守る複合鎧、胴全体にピッタリと吸い付く柔軟な黒革の防刃服。急所である胴を敢えて晒し、関節を動きやすくした機動力特化の防具だ。防具の全てに同様の黒革と、腕と足には軽量で丈夫な魔銀が使われている。動いても煩い金属音が出ないよう、魔銀同士が接触しない巧妙な配置が為されており、隠密性が高いデザインであることが窺える。

 腰に白い鞘の長剣を帯剣しているのに加えて、背にも特徴的な双剣を下げている。二刀は鞘に入っておらず、胸に巻いた二本のベルトに金具で固定されている。剣は先端が膨らんだ形状で両刃、柄は刀身との境が無く、柄の辺りに革を巻いただけの簡素なものだ。その剣の見た目は先端が尖り膨らんでいて剣としては奇妙な外見をしている。

 合わせて三刀を携えたエルリンデは、静かに、それでいて大胆に森を進む。


「いや、鳥の囀りが聞こえない。それにやけに虫が多い」

『鳥が消え、虫が増えたか。落鳥樹の影響で鳥が死んで、虫を食す存在が居なくなったから虫が増えたと考えるべきか』

 落鳥樹の名の語源となった鳥の変死体の噂だ。落鳥樹に近づいた野鳥は地に落ち、やがて息を引き取るというもの。考えられる原因は…毒か呪いのいずれかだ。生物の中にはごく稀に生まれつき毒や呪いなどの特別な力を持ったものが存在するのだ。今回この調査を行うにあたって、クラリスは落鳥樹の持つ特異な力にある程度当たりを付けていた。

 左耳に付けた青水晶の耳飾りから、ペンが机を叩く音が聞こえる。クラリスが森の様子を記録しているのだろう。


『進んでくれ。最も重要なのは落鳥樹の森に入ってからだ』

「了解」




「これが落鳥樹の森……」


 エルリンデの踏破力を以て凡そ10分、落鳥樹の森の手前に着く。そこより先は雑草すら生えておらず、これまでの森と落鳥樹の森を明確に分けるような境界線が出来上がっていた。

 落鳥樹の森を覗くと、中は昼にもかかわらずかなり暗い。十メートル以上の高さから落鳥樹の沢山の太い枝が何本も重なり絡むことで、天然の天井が生成されている。足元や木の枝にはまるで照明かのように、薄紅色に発光する苔が繁茂している。そのおかげで、暗闇でも光源を用意する必要は無さそうだ。

 エルリンデはこの美しい光景に目を輝かせる。彼女は世界を巡りながら、見聞を広める旅をしている。主たる旅の目的は他にあるが、旅の目的の一つに各地の景色の観光するという目的もある。

 子どもの頃は自然の中で過ごしたエルリンデは自然が好きだ。雑踏に揉まれた冒険者時代は学ぶことこそ多かったが、人見知りのエルリンデは心を擦り減らしていた。自然の中に安らぎを求めるのは彼女の本質である。


『視界は問題なさそうか?』

「うん、苔が光ってて幻想的で綺麗だよ。後は毒か呪いかだけど…」

 エルリンデは、腰のポーチから左手でエリクセルが入った瓶を取り出す。

 この先は未知の脅威が眠る魔境だ。何かあったら直ぐに対処できるように、右手に白鞘から抜いた白磁の剣、左手にはエリクセルの瓶を持つ。呪いは体質で効かないが、毒は対策しないといけない。万能薬エリクセルならどんな毒でも瞬時に解毒できる。


『異常を感じたら直ぐに退避しろ、いいな?』

「分かってるよ」

 エルリンデは高鳴る鼓動を抑えつつ、落鳥樹の森に一歩踏み出す。落鳥樹の森に踏み入った途端、肌に不吉なものが纏わり付く感覚がした。

 __ああ、これは。私の良く知っているものだ。より敵意に、殺意に満ちて無差別に振りまいているもの。落鳥樹の一本一本から周囲に撒かれるそれは共鳴し、森の全てを色濃く覆っているこれは…


「…『呪い』だね」

 呪い。聖都エノンや他国の殆どで禁忌とされる力。悪魔の齎した災厄だといわれるが、その詳細は不明。その危険性から誰もが関わり合いを避ける存在だ。


『やはりか。エルが指名された時点で何となく察していたが』

「こっちでも広まってたんだ、冷血」

 何処で誰が言い出したのかは知らないが、冒険者時代、エルリンデは『冷血エルリンデ』と呼ばれていた。冒険者は手柄を立て階級を上げていくと、自然と二つ名が付くようになる。その多くは吟遊詩人が逸話から勝手に二つ名を付け、歌にして奏でることによって広まる。

『冷血エルリンデ』は、凶悪な呪いを撒き散らす蜥蜴型悪魔がとある村を襲撃したとき、エルリンデがたった一人で立ち向かい斬り殺してみせた、という逸話からできた二つ名だ。そこから「冷血に呪いは効かない」という評判が出回ることとなった。なお彼女が呪いに耐性を持ち、呪いに類する知識ことは事実である。


『どういう呪いだ?』

「条件発動型の呪いだね。対象を殺すことに特化した呪い。落鳥樹の一本一本が同じ呪いを撒くことで共鳴して、一つのとても強力な呪いになってる」

『条件は何か分かるか?』

「おそらくは鳥に関係する条件だね。足元は鳥の死骸だらけ。私は条件に当てはまっていないみたい」

 森に入る前は気づかなかったが、足元の暗がりには無数の鳥の残骸が転がっている。外傷は無く、呪いによって死んだものと考えられる。ざっと見た感じ死んだ鳥の種は多様で、一部の種を狙い撃ちする呪いではないのだろう。


『ふむ、他に何か分かるか?』

「この呪い、多分術者が介入していると思う。呪いの源が落鳥樹なのは間違いないけど、妙に呪いが均質化されている気がする。でもこれ以上は分からないね」

『少ない情報からよくこれだけ分かるな』

 エルリンデがどれだけ呪いに精通していても、まだまだ情報が足りない。更なる呪いの底を見るには落鳥樹の森の深部、中心に位置する巨木の辺りを調査する必要があるだろう。




 落鳥樹の森をエルリンデが進む。

 地面には鳥の死骸が散らばっている。死んでから時間が経ったのだろうか、森の深部に近づくにつれ、その多くは肉が落ち白骨になっている。

 陽光がを妨げ、呪いに満ち、鳥の骨が転がるこの不気味な森は、まさに死の森と形容すべき光景だ。


 エルリンデは落鳥樹の森の一つの違和感に気づく。

「虫がいない…?いや、そんなことないね」

『どういうことだ?』

「いつも森で見る虫は見ない。蝶や蛾、蝉、いつも目に付く羽虫の類はいないみたい。だけど、鳥の死骸に付く屍虫は多いね」

 鳥の死骸の一つを脚で転がしてみると、その下に隠れていた屍虫が逃げ出していく。屍虫は動物の死骸を食す昆虫だ。豊富な餌を求めて落鳥樹の森にやってきたのかもしれない。何故か羽虫は消えたが、屍虫の類は消えていない。


『ふむ、生息する生物に変化が生じているようだ。一応記録しておくか…』

「呪いの術者を探すのが手っ取り早そうだね。」



落鳥樹:空を飛んでいる鳥が落鳥樹の近くを飛ぶと地に落ちて死んでしまうという伝説から、この名前が付いた樹種。恐れの対象である。

呪い:悪魔が生み出したとされる、身体を蝕んでいく毒のような何か。知覚することが難しく、それらを知るには特別な技能が必要である。この森を満たす呪いは、特に危険なものであるようだ。エルリンデは呪い全般に耐性を持つ稀有な探索者であるため、呪いに関わる仕事が舞い込んでくる。


ブックマーク、評価、感想などなど宜しくお願い致します。心の底から喜びます。

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