表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
named L  作者: はぜ道ほむら
第一章 再誕する竜のアシンメトリ
21/29

屍竜の猛進

 


「エル、行けるか?」

「うん。今なら死角」

「よし、先行してくれ。何かあったら耳飾りで報告を頼む」

「了解」

 少女と幼竜を抱えたエルリンデと長杖を構え臨戦態勢に入ったクラリスの二人は、魔術師の死んでいた部屋を通り巨木の出入り口の扉まで来ていた。エルリンデは扉を少し開いて、内側から視覚と聴覚で外の情報を集めている。

 どうやら大きな何かは今、二人から見て庭園の中央に立つ巨木の後ろで暴れているようだ。見つからないように逃げるには、巨木によって視線が通らない今のタイミングがベストだ。


「ふっ………!」

 扉を大きく開いて、最初にエルリンデが飛び出した。足音を限りなく抑えるため、足鎧が当たって音が出る石畳ではなく、花が敷き詰められるように咲いていた土を踏み締め走る。

 庭園の景色は然程変わりはないように感じる。だが、巨体が暴れ回ったからであろうか、空中に張り巡らされていた根槍はほぼ全て千切れ飛んでいた。これはエルリンデたちにとっては動き易くなり好都合だ。


「んーーん…?」

 少し後よりクラリスも扉から出て、石畳の道を通って走りエルリンデの後に続く。

 クラリスは走りながら周囲を見渡すと、先程まで庭園にあったものの一つが無くなっているのに気付いた。その気づきは、彼女に考えうる限り最悪の予感を齎す。


「まさか……!」

 悪寒を感じたクラリスは即座に身を翻し、真後ろの巨木へと振り向く。

 それと時を同じくして、巨大な影が巨木の脇から姿を現す。最初に見えたのは、皮膜でできた大きな翼。翼が根元まで見えるようになると、その生物の腕と胴、そして特徴的な角を持つ頭が現れた。それらは鎧のような黒々とした鱗によって守られている。

 クラリスはごく最近、その生物と全く同じ姿を短時間ではあるが観察したことがあった。


「っ゛、最悪の最悪だ!!」

『どうしたの』

「真竜だ!真竜の遺骸がリビングデッドに成りやがってる!」

 エルリンデに事の状況を伝えるクラリスは同時に、泥魔術を詠唱破棄で展開する。長杖の石突を起点に魔力が流れ、周囲の土が水気を含んだ泥へと変化して波打つ。迎撃の構えだ。

 対峙する真竜のリビングデッドは、巨木の脇からクラリスへと首を擡げる。その相貌に感情が宿っているようには感じられず、洞穴のようにぽっかり空いた双眼には虹色の光が観測できない。その眼には何も映らない。


 そもそもリビングデッドとは意思を持たず、生きている者たちを力が尽きる限り襲い続けるという化け物である。生前の知識、経験、記憶、行動の全てを忘れ、その肉体を我武者羅に動かして生者に迫ってくる。生者に酷い嫌悪感を与える様相とは裏腹に、モンスターとしては弱い。知識なき獣など、探索者たちにとっては取るに足らない相手だ。

 但し一つだけ、アンデッド全般に共通する厄介な性質を持つ。アンデッドに宿る力を削り切らないと討伐することが出来ないという性質だ。骸がアンデッドに変化する時、その骸には魔力か呪いか定かでない謎の力が宿ると考えられている。この力を消費してアンデッドは動いており、削らない限りアンデッドは不死身である。斬っても潰しても、四肢が無くとも彼らは動き続けるのだ。また、神聖術の中にはアンデッドに特効な術が存在する。それは彼らアンデッドに宿る力を直接削ぎ落すことができる。


 如何に強大な真竜であったとしても、屍であるなら例外なくアンデッド化し得る。リビングデッドというのは厄介なだけの弱いモンスターであるが、素体が強力なモンスターであった場合は例外である。


『今戻る』

「いや、戻ってくるな。エルはまずそいつらを安全な所まで運んでこい!エルの脚でも空を飛ぶこいつからは逃げれないし、かといってそいつら担ぎながら戦える相手じゃない!私がこいつの気を引いておくからその内に運べ!!」

『……大丈夫?』

「問題ない。だが、出来るだけ早く戻っーーー!!」


 ガアアアアアァァァァアアアアアアアァ!!!!!!!!


「ぐぅっ、きっついなぁ!」

 真竜の鋭い牙の生えた口が大きく開こうとしている。咆哮攻撃の起こりを見切ったクラリスは咄嗟に通信を切り、泥魔術で目の前に分厚い泥の壁を地面から迫り出す。

 それに数瞬遅れて、凄まじい衝撃が柔軟性のある泥の壁を弛ませた。莫大な魔力が乗った咆哮はそれだけで大魔術並みの威力を有していた。直接喰らえば、それだけで即死は免れない威力だ。

 彼女は初撃の防御に成功するが、その轟音までは防げなかった。耳朶に残響する轟音にしかめっ面になりながらも、クラリスは魔術の行使を続ける。


「これは、消耗を気にする余裕が無いな」

 すぐさま泥の壁を崩し、視界を確保する。それと同時にクラリスは背後の泥を巧みに動かし、大きな一つの魔法陣を完成させる。魔力の消費は度外視で、とにかくアンデッドと化した真竜に効果の有りそうな魔法陣を描いた。


 複雑で大きな魔法陣を目視せずに素早く描く技術は、クラリスの十八番だ。詠唱よりも魔術発動の速度が速いことに加え、この技術を使えば詠唱では不可能な、戦闘中での魔術の並列発動や遅延起動などを実現できる。難易度は高いが、戦術の幅が大きく広げられる、クラリスの戦いの根幹を為す技だ。


 視界が開けると、すぐそこまで四つ足で大地を蹴る屍竜の巨体が迫っているのを見た。屍竜の突撃が泥の壁に激突し、大質量によって突破される。クラリスの眼前まで屍竜が到達し、突撃の勢いを保持したまま彼女に向かって鉤爪が振り下ろされたその時、指向性を持つ濁流が現れその太い腕を押し返す。


「喰らえ!」

 後ろにある大魔法陣から真っ黒な濁流が溢れ出し、術者のクラリス諸共に屍竜を押し流す。庭園にある全てを濁流が揉みくちゃに洗い流していく。


 この魔術の名は『払拭する大瀑布』という。泥魔術の一つで、例によってクラリスのオリジナル魔術だ。本来は大群に囲まれた時や周囲に泥が無い時に使う術で、地面を泥で埋め尽くしクラリスに有利な領域を作り出すと同時に範囲攻撃を行うことが出来る。昔は長大な詠唱を唱えて発動していたが、今はもう魔法陣を描くのみで、魔術の名前すら呼ぶことも無い。

 強力な術には、長ったらしい詠唱が付き物だ。戦闘においては重要なこの問題をクラリスは、泥で魔法陣を素早く書くことで解決に成功した。故にクラリスは高速で大魔術を発動でき、故に金級探索者として活躍できているのだ。


「……うん、こりゃ駄目だ。相性が悪い」

 濁流に飲み込まれたように見えたクラリスは、変わらず同じ場所に立っていた。濁流を捻じ曲げて自分だけ流されないよう操作していたのだ。

 クラリスにとって泥は、攻撃手段であり防御手段であり感覚器でもある。今は全方位が泥で覆われていて視界が通らないが、濁流に包まれ流されている屍竜の状態と位置を知ることが出来る。

 それによると屍竜は流され大きく距離を離しているが、その死した肉体に損傷は与えられてはいない。堅牢な鱗を持つ真竜の肉体を泥で攻撃するのは、効果的でないようだった。根本的に堅い相手と泥魔術は相性が悪いのだ。


「まぁ、色々試してみるしかないか」



屍竜:真竜の遺骸がアンデッド化したモンスター。リビングデッドであり知能を失っているが、真竜の巨体と膂力はただそれだけで脅威的である。強大なモンスターの遺骸はアンデッド化しにくいというのは事実であるが、それを覆すほど沢山の命がこの森では死んでいた。沢山の命が亡くなるということは、それだけアンデッド化に要するエネルギーが蓄えられていくということでもあった。かくして、強大な真竜の遺骸から屍竜は生まれ落ちた。

泥魔術:クラリスのオリジナル魔術。水の柔軟さと土の重量を併せ持つ魔術で、二つ名『泥濘の魔女』の由来となった。泥魔術には様々なものがあるが現在のクラリスは詠唱を行わず、全て魔法陣で術の起動を行うため、その術の名前を知る者は少ない。泥魔術を編み出したのは、学院を出て探索者になってから。


ブックマーク、評価、感想など宜しくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ