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named L  作者: はぜ道ほむら
第一章 再誕する竜のアシンメトリ
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類稀なる強者の大咆哮

 


 螺旋階段を下りながら、ここに来た理由とこの少女と真竜の事を説明するエルリンデ。心を感じ取る能力の部分の説明をぼかしながら、クラリスに納得してもらえるようにある程度詳細に。

 少女はクラリスの黒いワンピースを着ていた。背丈は同程度だが少女の方が瘦せていて、ワンピースはぶかぶかでサイズが合っていなかった。視線避けには十分であるが、聖都エノンに戻ったら服を買う必要があるだろう。


「なるほど。その幼竜の助けを呼ぶ声が聞こえたから、ここに来たと」

「うん」

 真実とは細部が異なるその説明に、一応は納得してくれた様子のクラリス。幸いなことに、彼女はエルリンデの能力について詮索しなかった。


 エルリンデの心を読む能力の行使には、例外的な制約が存在する。その一つが、魔術師や聖職者の心は読めないことだ。

 エルリンデは魔力あるいは神聖の揺らぎを感情に変換して読み取っている。魔力や神聖は感情によって動いたり、その性質を変化させることがあるのだ。これは魔術の適正にも影響する要素でもあるが、エルリンデはこれを生まれつき感じ取ることができる。

 魔術師や聖職者の多くは魔力あるいは神聖の制御に長けているため、感情による揺れが発生しない。エルリンデは感情を、魔力や神聖を通して間接的に知覚しているため、魔術師と聖職者の心を読むことは出来ないのだ。

 金級探索者で魔術師のクラリス程になると、この能力は全く以て通用しない。心を覗けない相手といるのは、対等である感覚がして何だか心地良い。心が覗けてしまうと、醜悪な裏の感情や薄汚い野望が透けて見えてしまい、関係が続かなくなる。そういう意味では、エルリンデとクラリスが長く友でいられるのも、きっとクラリスの心を読めないからこそなのだろう。


「それで、そいつらを連れてきて、どうするんだ?」

「私が、育てるよ」

「………正気か?」

「正気だよ」

 エルリンデの発言を訝しんでそう問いかけるクラリス。

 世間一般として、クラリスの問いかけは最もだ。人間が悪魔の子を育てるなど、狂気に魅入られたと言われても仕方がない所業だ。


「確かに聖都エノンは魔族を保護していて、実際に何人か魔族を見たことはあるが……。魔族への迫害が無くなったわけじゃないだろ。人間世界は相当に生きづらいはずだ」

 クラリスの言う通り、魔族の保護を推進する聖都エノンであっても、市民感情には魔族に対する嫌悪感が根強く残っている。その中で生きるということは、周囲の差別の目や非難に晒され続けるということを意味する。

 クラリス個人としては特別、魔族に悪感情があるわけではないが、人間世界で魔族が暮らすのは厳しいであろうことは容易に想像が付く。


「それに……真竜はもっと不味いだろ。成長して暴れ出したら手が付けられない。都市の近くに住み着くだけでも危険な存在だ。童話みたいに現実は生温くはないんだぞ」

 人間に友好的な少数を除いた多数の非友好的な真竜たちはその危険性から、下手に刺激して怒らせないことが重要である。

 稀に真竜たちは都市の近くに住み着いてしまった時には、その都市の市民たちは三つの選択を迫られることになる。真竜を刺激しないようにそのまま暮らすか、都市を捨てて何処かに逃げるか、総力を挙げて討伐に乗り出すかだ。一番賢明なのは、逃げる選択であろう。だが、愚かにも真竜を討伐しようと乗り出す者も多いのだ。真竜から得られる資源は素晴らしいものであり、一石二鳥であるからだ。

 エルリンデの連れている竜が真竜であると露呈してしまった場合、町に入った真竜を討伐するという大義名分を得た探索者たちの中には、間違いなく幼い幼竜を討伐しようとする者が現れるだろう。


 クラリスの言う童話とは『賢王と守護竜カストディーレ』を筆頭とする、友好的な真竜たちが描かれた昔話、あるいは神話のことだ。人間と竜は基本的には敵対する関係であるが、それには例外が存在したとされている。

『賢王と守護竜カストディーレ』という物語は、弱国の王が二対四翼の真竜カストディーレと友誼を結ぶところから始まる。カストディーレの協力という強力な戦力を得た王は、戦力の傘に守られながら産業の発展に努め、王国を大国まで育てた王は次第に国民から賢王と呼ばれ称賛されるようになっていくというものだ。

 これは唯の作り話だという話もある。賢王の育てたとされる王国が存在していないからだ。守護竜カストディーレと思しき二対四翼の竜は目撃されることがあるものの、王国の痕跡は見つかっていないのだ。

 クラリスは童話のように脚色された幸せな結末にはならないと、そう言っているのだ。


「まあ、問題は起こるだろうけど、クエンの許可さえ得れば問題ないんじゃない?それにほら、この子は私の言うことなら聞いてくれそうだし」

「確かにエノンは聖教の独裁みたいなものだが……」

 抱き抱えられた少女の上に鎮座する幼竜を、少女ごと掲げて見せるエルリンデ。

 聖都エノンにおいて、最高権力者である聖女クエンの言うことは絶対だ。言い換えれば、聖女の許しさえあればあらゆることが罷り通るのだ。

 彼女が最高権力の強権を発動することは少なくない。魔族を受け入れる方針を打ち出したのも、聖女の命令だという噂があるようだ。聖女と親しい二人はその噂が真実であると知っている。 

 この幼竜を聖都エノンの砦の中に入れるのも、確かにクエンの協力を得れば可能である。無論、住民からは反対の意見が上がるだろうが。


「ダメだったら、私の旅に連れてくよ」

「最終手段はそうなるだろうな」

 エルリンデはよく旅をする。それは明確な目的有ってのことであるが、彼女らにある程度の魔術を教えておけば足手纏いにはなるまい。

 彼女らは子供といっても魔族と真竜なのだ。魔術の才覚は十分にあるだろう。クラリスが魔術を教えれば、直ぐに扱えるようになるはずだ。


「説明はもういい?」

「ん、ああ。そうだな、結局はあいつの判断しだっ!?」

 __ガァァァアゴオオオオオオォォオオオオォオォォォオオオォオオォオォォ

「何だ!?」

 エルリンデとクラリスの話を区切るように、螺旋階段の下から強大な何かの咆哮が木霊して飛んできた。クラリスはその咆哮に魔力が乗せられていることに気づいた時、その強者の圧迫感と魔力の衝突によって姿勢を崩し階段に尻餅をついていた。

 エルリンデは螺旋階段の中央に空いた大穴から下層を覗く。そこには何も確認できなかった。どうやら外から響いてきた音であるようだ。エルリンデは幼竜から来る感情の質に違和感を覚えて、幼竜の様子を確認する。


 警戒度を上げるかと思われた幼竜は、意外にも平静を保っているようであった。まるでその咆哮の正体が何であるかを知っているかのように。それが暴れ始めるのを知っていたかのように。


 エルリンデは幼竜の落ち着きに疑問を覚え、頭を傾げた。


「エル、こいつは相手にしてられない!この森から早く離脱した方がいい!」

「同感だね、急ごう」

 二人は咆哮に含まれている魔力の質と量、今も断続的に続いている大質量の何かが暴れ回る音などの要因から、その何かへの警戒度を最大限にまで引き上げる。こいつはやばい、と本能と理性が同時に警鐘を鳴らす強大な存在だ。


 忘れてはならない、聖教の依頼内容はあくまで、落鳥樹の森の調査と脅威の排除だ。前者においては落鳥樹の森を創造したと思われる魔術師の本を回収しており、読み解いていけば魔術師の真意を知れるだろう。調査は完了したと言っていい。後者の脅威の排除は、驚異的な数にまで膨れ上がっていた殺戮狼の群れは討伐しているし、敵対的であった魔術師に関してもこの幼き真竜が首の骨を折って殺害している。十分な手柄で、依頼は半ば完遂しているといっていい。

 この咆哮の主は依頼におけるイレギュラーであるし、そもそも落鳥樹の森がアンデッドで埋め尽くされるのも特大のイレギュラーだ。報告はするが、討伐までする義理は無い。



 それに今のエルリンデには、守るべき者ができたのだ。相手にする余裕は無い。



エルリンデの感受能力:エルリンデは相手の感情を、魔力や神聖の揺らぎを見ることで読み取ることが出来る。これは生まれつき備わっていた能力であり、自分で制御できるものではない。能力の性質上、魔術師や聖職者は揺らぎが生じないために心を読むことは出来ない。また、エルリンデ自身はこの能力のせいで、人付き合いを極端に嫌うようになった。


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