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named L  作者: はぜ道ほむら
第一章 再誕する竜のアシンメトリ
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エルリンデとクラリス

 


 夏 聖都エノン クラリス総合研究所___


 謎明かす研究室、本棚が立ち並ぶ視界不良なその部屋の奥で、金髪の小柄な女性が安楽椅子に崩した姿勢で座っていた。背中に暖かな陽光を感じながら瞼を閉じ、今にも昼寝に興じようとしているようだ。机の上には脱ぎっ放しの白衣が雑に投げられて、開いた分厚い本の上に乗っている。


「ーーーーー」

「来たよ」

「おわっ!?」

 目を閉じていた主が仰天する。ぴんと伸びた足がガツンと机にぶつかり、僅かに揺れた。

 窓際の安楽椅子に座る彼女の背後、陽の差さない暗がりに、話しかけたもう一人が立っていた。長い銀髪を毛先近くで結った長身の女性だ。刀身の長い細剣を腰に差し、全身を覆う旅用のローブを羽織っている。


「痛てて。なんだ、エルか。驚かさないでくれ。お前は気配が薄すぎる…」

「ふっ。クラリス、久しぶり」

「ああ、久しいな。あれから半年ぶりくらいか…」

 ローブを纏った女性__エルリンデは悪戯っぽく笑みを浮かべた後、金髪の女性__クラリスの対面にあるソファに座る。

 エルリンデとクラリスの二人は親友である。過去、お互いに背が伸び切っていない頃、同じ冒険者パーティに所属し手柄を立てることに成功した仲だ。エルリンデは旅に出るための少額の支度金と特別な剣を、クラリスは莫大な富を得て自分だけの研究所を建てた。


「最近は何処を旅してたんだ?」

「冬は北の遠い海で、流氷が流れてきた先を見に行ってみた。春になってから街道を進みつつこっちに戻ってきたよ」

「へぇ、流氷を見に行ってたのか…流れてきた先というのは?」

「毎年流れてくる流氷が、何処で生まれたのかを知りたかったの。流氷の上を渡りながら一番遠くを調べてみたけれど、何も分からなかった」

「ふむ。聞いた話によると、流氷は海水面が冬の寒気によって凍り付いてできたものらしい」

「そう。じゃあ無駄骨だったのかも」

「だが、流氷が生まれたところを観測できたわけではないようだな。あくまで推測での話ということだ。実際には氷結竜がいて、海水を凍らせるほどの冷気の息吹を吐いているのかもしれん」

「…もう一度挑戦してみようかな」

「はは、面白そうだ。次回があるのなら私も同行しよう。最近は鑑定依頼ばかりで少々退屈でな、刺激的な日々が恋しいよ」


 お互いの近況を談笑した二人は、本題へと入っていく。


「さて、依頼の話をしようか。依頼主はエノン聖教で、目的は落鳥樹の森の調査及び脅威の排除だ。詳細な内容……と言っても、分かっていることは殆ど無い。注意する点としては、森を発見した下級探索者が証言した腐臭だな。アンデッドが発生している可能性がある」

「ふぅん、アンデッドね…。それで、私たちが依頼されたのは何故?別に強い冒険者ならいくらでもいるはずだけど…」

「それが、クエンの奴が私たちを推薦したらしい。対応力に優れる二人組と紹介したみたいだ」

「うん…なるほど、否定はしないけどね。で、クエンは来ないと」

「ああ、別件で忙しいようだ。奴なら嬉々として参加しそうなものだがな」


「これを持っていけ。不測の事態用にクエンが渡してきた」

 そう言って、クラリスは机の引き出しの中から一本の細いガラス瓶を取り出し、机に置いた。瓶の中には仄かに光り輝く虹色の液体が入っている。

 エルリンデは僅かに目を見開く。エルリンデはその瓶の中身に心当たりがあった。とても珍しく、高価なものだ。


「エリクセル?」

「そうだ。但しこれは水で何百倍にも希釈したものだそうだ」


 エリクセル__神の水、究極の魔法薬など様々な呼び名がある虹色の薬だ。飲めば不老不死、どんな難病でも快復するという、正に"奇跡の薬"である。調合に成功した記録は無く、迷宮から稀に出土することがあるそうだが、大概は市場に上がる前に醜い争いが起こり紛失してしまう。遥か昔から、エリクセルを求める英雄達の悲惨な物語が伝承されてきた。エリクセルとは破滅の代名詞__その別格の効能から、存在すら怪しまれる幻の逸品である。


「こんなに貴重なものを渡してくるなんて……クエンもこの事態を怪しんでいる?」

「ああ。今回、落鳥樹の森が突然出現したことや中級冒険者が戻らないことといい、妙にきな臭い。十分に警戒する必要がある」

「そう言えば、森の出現について詳しく知らないね」

「ふむ、そうだな……。と言っても、詳しいことは分かっていない。まず、森を発見したのは今年の雪解け後だが、昨年、雪が降る前まではそこに落鳥樹の森がなかったことは確認されている。つまり、一冬の間に森が出現したことになる。これはあまりにも不自然だ。通常、植物が冬に成長することはない。太陽の力が弱まるからだな」

「じゃあ、何かが冬の間に起こった……?」

「そうだ。しかも森が一つできるほど大きな何かだ。奴がエリクセルを寄越したことも理解できる」


「それと、これも渡そう。私からのプレゼントだ」

 引き出しから、見るからに高価そうな木箱を机に置く。エルリンデは木箱を開き中を覗くと、青白い水晶の耳飾りが入っていた。

 対の無い片耳だけの耳飾り。雫形の水晶には中に魔法陣が無数に浮かんでおり、高度な技術が用いられた魔道具であることが分かる。それはどこか見覚えのある光景であった。


「何これ?」

「魔道具『通信の耳飾り』だ」

「うん?もう似たようなの持ってるけど」

「より高性能のものだ。音声を同時に送受信できて、小さく軽い」

「へぇ、便利だね。ありがとう」

 エルリンデは貰った耳飾りを左耳に早速着けてみる。戦闘の邪魔にはならなさそうだ。

 思えばこの水晶の輝きは、普段からクラリスと連絡を取るために使っていた魔道具によく似ている。それはもっと大きな水晶玉で、送受信を同時に行えないために置き手紙のようなやり取りをしていた。

 比べてこの耳飾りは着けておくだけで会話できる優れものだ。


「『よく似合ってるよ』」

 クラリスの声が二重に聞こえてくる。一つは目の前のクラリスから、二つ目は耳飾りからだ。

 笑みを浮かべたクラリスは、髪を掻き上げ対となる青白い輝きを友に見せた。



エリクセル:制作者不明の不老不死薬。今回エルリンデが受け取ったものは、原液を何百倍にも薄めたものであるため、不老不死ほどの効果は無い。それでも大変貴重な品である。

通信の耳飾り:クラリスからの贈り物。青白い水晶の中には魔法陣が浮かび、装飾品としても美しい。遠距離からの通話を可能にする魔道具で、かなり高価であったことは想像に難くない。


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