夫婦の寝室にて
夫婦の寝室にて
ナターリヤは箪笥部屋から貴重なリネンをだし、侍女たちに明日の最優先の仕事として、幼児服の仕立てと、着古した古着を集めておしめを縫うように、こと細やかに指図した。そして、沸かしてあったお湯で、赤子を入浴させ、亡き我が子の産着にきかえさせ、寝室に入り手早く寝間着に着替えると、大きくて武骨なベッド夫の横に赤子を寝かせて、本当の親子のように、夫、レミ、ナターリアの三人は川の字になってベッドに横たわった。
両手を頭の下に添えて、考え込んだ様子の夫に向かって、
「これって、聖慈母様のお導きよ、おまえ様、きっと。」
「ふーっ。」
「きゃふ、きゃふ」と寝返りをうちながら、ご機嫌な様子のレミ。
紅葉のような手のひらを愛でながら「きょうから、おまえの母様ですよ、レミちゃん。」
「おまえ、なぁ。」
無視するように「もう、決めました。」
レミが、ナターリヤの豊かな胸に頬をこすり擦り付けながら、胸をまさぐり、「ああっ、あう、あう」。
寝間着をはだけ、母乳が出るはずもないが、レミにふくませた。母乳がでず、むずがりながらも、長いあいだ乳首を吸い続けていた。しばらくすると、レミがごくんと喉をならして勢い強く吸い始めた。不思議なことに母乳がでているようだった。
「お前様、聖慈母様がお情けをくださいました。お前様、みて、みて。」と、涙を浮かべながら、夫に訴えた。
「えっ、本当だね。こんなことってあるのか。」
・・・解説・・・・・・・・・
乳頭を刺激し続けると、母乳が分泌される可能性があります。特に妊娠経験者は、妊娠未経験者より母乳が分泌しやすい傾向にあるようです。乳頭への刺激がない場合でも、母乳が出る場合があります。実話としては、母乳が出たことのある経験者で、友人の赤ちゃんが生まれてお祝いに行ったとき、かわいい赤ちゃんの顔を見て少し母乳が出たというのです。赤ちゃんを見て、本能的に母乳を作り出す命令が脳から下ったのかもしれません。
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考え込み、あいまいな返事しか返さない夫を、遅くまで執拗に書き口説くナターリヤであった。
翌朝、イグナートは髭を引っ張られ目をさますと、目の前で彼の髭をふっくらとした小さな手がもてあそびながら、彼をのぞき込むつぶらな青い瞳があった。
「ぱふっ、ぱふっ、あじゃ」
「こりゃ、まいったなぁ、こいつはかなわないなぁ。」とつぶやきながら、起き上がると、レミを抱き上げ、頬ずりをした。くすぐったいのか、大声できゃっきゃきゃっきゃとにぎやかにはしゃぐ声に、ナターリヤも起きだし、満面の笑顔で夫の頬にキスをするのだった。
「わるいようにはせん。数日、時間をくれ。」と言い放ち、そそくさと服装を整え、寝室を出て、朝食もとらず、領内の見回りに出かけた。領館周辺を見渡せる小高い丘の小岩に腰をかけ、じっと周囲を見渡しながら、思案に耽るのだった。
「義弟のキャラバンがもうすぐ来る頃だ。あいつから都の情勢をきいていから決めるとするか。」とつぶやいて、遅い朝食をとりに屋敷に向かうのだった。