アモソフ村の謹厳実直居士
アモソフ村の謹厳実直居士
疲れ切って前のめりになりなが、背中にレミを背負い、痩せこけた馬にまたがったエーヴは、アモソフ男爵領館前の古びた門の前で、下馬した。
アモソフ村は、中央大陸北部に広がる広大で寒冷な大クラシコフ神聖帝国北東部に位置する寒村にすぎない。アモソフ男爵領の中心よりやや南にある粗末な石造りと丸太でが組み合げられた粗末な平屋の領館の前庭で、農作業をする奴隷家人に、当主への取次ぎを頼むと、彼女はへたり込んだ。めったに来訪者もない男爵家であるため、突然の来客にあたふたとしたが、とりいそぎ男爵夫婦が出迎えた。
エーヴは、力を振り絞り、両脚で台形を作るようにしっかりと片膝をつき頭を下げ、「アモソフ男爵様でございますか、私共は、クラシコフ11世の妃であらせられたロマーヌ・ギルメット妃殿下の侍女を務めさせていただいていたエーヴと申します。」と言上するなり、前のめりになり姿勢が崩れ、気を失いそうになった。
男爵夫人ナターリヤ・アモソフは、前のめりになったエーヴの背中の赤子をみると、ごく自然にか赤子を抱き上げた。それと同時に赤子が元気よく泣き始めた。
ナターリヤ 「ここではさむぅございますから、お前様、内に入ってもらいましょう。」
と夫に告げると、そそくさと赤子をあやしながら屋敷に速足で向かった。
イグナート・アモソフ男爵 「さあ、お立ちなされ、あなたもなかへ」と、手をつかむと、半ば強引に引っ張り、歩き始めた。
屋敷内はペチカがあり、ほんのりと温かかった。ナターリヤは侍女に、ペチカに薪を継ぎ足すように促し、客人に台所で残り物の野菜スープをあたため、赤子でも食べやすい具材を更に細かく砕くように、てきぱきと台所女中に指示を出しながら、赤子から目を離さず、優しくあやしていた。
アモソフ「帝都から来られたのかな。」
エーヴ「イエス、マイロード。」
アモソフ「遠路たいへんだったであろう。」
エーヴ「イエス、マイロード。」
アモソフ「 かたしきばった物言いはいいから。」
エーヴ「しかし、・・・。」
アモソフ「 今朝、初雪が降ったが、すぐやんだのは幸いだったのう。」
エーヴ「イエス、マイロード。」
侍女「なじみがないかもしれませんが。モンゴル茶です。滋養がありますので。」
・・・・
二人の会話が、円滑に進むまで、しばらくの時が必要だった。
数刻の時を経て、エーヴは、これまでの太皇太后エレオノーラ・クラシコフの魔の手から逃れ御子レミ・クラシコフを守り、イグナート・アモソフ男爵を頼ってここまで来た経緯を丁寧に語った。
身じろぎもせず話に耳を傾けていたナターリヤ・アモソフ。当年とって27歳。中央自治都市国家出身の一族である行商商人の二女として生を受け。アモソフ男爵家に嫁いで10年がたとうとしていた。アモソフの間に二児の男の子を授かったが、初子は、生後1年を経ずして病死。次子は、初七日を迎えることなく天に召された。二度の愛児の死に涙を流し、以後子供を授かることはなかった。
お腹がすいていたのか、赤子は木製スプーンの野菜スープをどん欲に飲み干していく、背中をたたきゲップをさせても、「あぎぁ」と催促の声をあげつづけた。満腹になると、こぼれるような笑みを浮かべた赤子。子を授かりながらも失った、涙も枯れ果てひび割れたナターリヤの心を、赤子の金髪に白い肌の青く輝くような瞳をもつ赤子の笑顔が、温かく包み込み、やがてオーラを放った赤子の笑顔が、ふつふつと彼女の母性がを湧きあがらせ、この赤子の養育の決意を促した。
ナターリヤ 微笑む赤子のほほを指でつつきながら、「おいたわしや。」
イグナート「ううむ。・・・」
ナターリヤ「エーヴ、たいへんだったのね。」
エーヴ「イエス、マイレディ。」
エーヴ「御子の素性は、お二人の間だけに。できれば、お二人の御子、あるいは育みとして・・・。」
イグナート「ことは大事であるから、軽々しくは。あなたも疲れているだろうから、食事ののち、今日は休まれよ。数日のうちに返事をしよう。」と立ち上がった。
ナターリヤ 上目遣いに、夫に熱い目線を送りつつ、エーヴに気持ちを込めて、「エーヴ、疲れてるでしょ。今晩は私が、この子に添い寝します。いいかしら。」
エーヴ 驚きと躊躇しながらも「イエス、マイレディ。お願いいたします。」