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今にも泣き出しそうな空

作者: MOZUKU

その日は、どんよりと曇った空だった。

僕は日直なので、皆より早く教室に入る。

日直は二人なのだが、高圧的な男で、僕に日直の仕事を任せて自分は全然やらないのだから困ったものだ。

僕は面倒なことは早く終わらせたい男なので、出来ることは早めに終わらせておく。まずは黒板の日付と天気、日直者の名前を書いてしまおう。

日直の仕事をしているのは僕だけなので、僕の名前だけで良い気がするが、まぁ仕方がないので、相方の名前も書いといてやるか。

全てを書き終えて、間違えが無いか確認。すると間違えが無いが天気に違和感があった。

"くもり"と書かれていて間違えは無いのだが、今日はどんよりと暗く、今にも雨が降りそうな天気なのだ。なので、ただ"くもり"と書くのは違う感じがした。・・・よし、思い付いた。

僕は周りに人が居ないを確認しつつ、天気の部分を書き直した。

書き直して自分の席から天気の部分を眺めてみた。

"今にも泣き出しそうな空"

・・・我ながら詩的な表現である。けれど自分で考えたフレーズでは無い。おそらく何処かの歌だか小説で聴いたり見たことのあるフレーズで、それが僕の耳に残っていたんだろう。

雨が降るか降らないかのギリギリの天気。それを"今にも泣き出しそうな空"と表現するのはオシャレである。

しかしながら、このまま"今にも泣き出しそうな空"なんて書いていたら、あとからクラスメートから何を言われるか分からない。早々に再び書き直すとするか。

"ガラガラガラ"

「なっ!?」

思わず声が出てしまった。まさか人が教室に入ってくるとは、僕は自分の書いた文字に酔いしれて、注意力が散漫になっていたのかもしれない。と、冷静に自己分析してる場合じゃない。早くあの恥ずかしいのを消さないと。

しかし、教室に入ってきた人物は僕が消す前に黒板の方を見た。

「・・・今にも泣き出しそうな天気?」

首をかしげたその人物は、スラッとした足の目がくりっとした美人の女生徒であった。

彼女の名前は"如月(きさらぎ) (かおる)"陸上短距離走で名を馳せた女子高生であった。今は足を怪我して短距離走はやめてしまったらしいが、それでも我がクラスのカースト制度最上位の存在には違いない。モデルの様な体型に整った顔立ち、肩まで伸びたサラサラヘヤーは、僕の様な凡人とは比べ物にならない程の輝かしい存在である。

さて、彼女の紹介を終えたところで、どうしたものか?すでに恥ずかしさから僕の顔は真っ赤である。今更消しに行ったところで手遅れである。

「これ君が書いたの?」

はいはい、バレますよね。だって日直のところに僕の名前書いてるんだもんね。バレない方がおかしいや。

どう言い訳すれば良いんだろう?考えてみても良案なんて浮かばない。"今にも泣き出しそうな空"なんてどうして書いてしまったんだろう?数分前の僕を殴りたい。

「ねぇ、聞こえてる?」

聞こえてる。聞こえてるのだけど、どう返事をすれば良いか分からないのさ。分からないが、これ以上彼女を待たせるわけにはいけない。

「そ、そそそそそうだけど、何か?」

"そ"を何回言うんだ僕は?恥の上塗りだよこれは。

「あはは♪慌てすぎ。」

格好の悪い僕に対して、可愛い彼女の笑顔。眩しい・・・これがスクールカースト上位者が出せる輝きか。

「良いねコレ。気に入ったよ♪」

「はっ?・・・何が?」

「だから、この"今にも泣き出しそうな空"っていう表現。詩的で素敵だと思うの。」

「そ、そうかな。」

何処かから拝借した言葉というのは伏せておき、彼女からの賛美の言葉を自分の誉め言葉として受け取って嬉しくなる僕。誉められること自体が少ないので、これぐらい許して欲しい。

「君は本とか読むの?」

「い、一応。」

本は読む。本を読んでる時が一番自分らしいといえる時間かもしれない。

「へぇ、私はね、最近読み出したんだ。この通り体を思いっきり動かせなくなったんでね。」

如月さんは右足のソックスをめくり、アキレス腱辺りの生々しい手術後の傷を見せてきた。走者が走れなくなるって辛いだろうな。

「あ、ごめん。引いちゃった?こんなの見せるものじゃないよね。」

「あっ、いや・・・ごめんなさい。」

「もう、どうして君が謝るのよ。」

謝ってしまうのは癖のようなもので、自分でも悪癖だと自覚しているさ。でもつい出ちゃうんだよな。

「ねぇ、君は本読むの?」

「い、一応。一週間に小説一冊ぐらいは。」

「凄いね。私は読むの遅くてさ。月に一冊ぐらいのペースだよ。でさ、これも何かの縁ってことで、オススメの本教えてよ。いつも読む時に何にするか迷っちゃってさ。あんな素敵な天気思い付くんだから、読んでる本もきっと面白いでしょ。」

「い、いや、どうかな?それと天気の話は、もう勘弁して。」

顔が赤くなった僕を如月さんは小悪魔っぽく笑って眺めている。こんな風に女子に笑い掛けられたのはいつ以来だろう?

それから僕が如月さんに小説を貸すようになった。如月さんは読み終えると必ず感想を僕に話してきた。好きなシーンが一致したり、僕と同じ感想を彼女が思っていたりすると嬉しかった。幸せな日々だった。

「本って面白いね。活字読むの苦手だったけど段々慣れてきた。」

「それは良かった。」

彼女と話を重ねる毎に段々と緊張をしなくなった。慣れって偉大だ。月日を重ねれば、どんなことにだって人間は適応していくのだろう。

やり取りを重ね、僕と彼女が読んでいた恋愛小説が映画が実写映画化されることになった。合ってないキャストや改悪に等しい設定の改変があったので見る気は無かったのだけど、如月さんからのまさかの提案。

「土曜日、映画見に行こうよ♪」

僕はこの提案に「はい」の一つ返事。見る筈の無かった映画を見ることになるとは、僕に対する如月さんの影響力は高い。この頃には僕はきっと彼女のことが好きだったのだと思う。

案の定、改悪が酷すぎて話に集中出来なかったけど、私服の白いワンピース姿の如月さんは可愛かった。

映画が終わって、喫茶店で見た映画の感想を如月さんと言い合う、正直至福の一時だった。

「どうだった映画?正直私は微妙だったかな。色々と変えるのは構わないけど、それで原作の良いところが無くなっちゃったら意味無いよね。」

ほとんど僕の考えと同じ如月さんの感想。映画は面白くなかったのに、その映画のことについて話し合うのは、こんなにも楽しい。

「このまま帰っちゃうの勿体無いからさ、何処か遊びに行こうか?」

てっきり映画を見たら帰るものと思ったら、その先があるとはビックリだった。断るわけは無かった。

ということで急遽二人で水族館に行くことになり、二人で館内を見て回った。水族館なんて小学生以来で興味なんて無かったけど、来てみると存外楽しいもので、色とりどり、多種多彩な魚を見ると心が踊った。隣で目をキラキラさせてる如月さんを見ると尚のことである。

水族館を出ると外はすっかり暗くなっており、なんとなく流れで近くのベンチで座って話すことにした。

「今日はお疲れ様。私に付き合ってくれてありがとうね。」

「い、いや、とんでもない。僕の方こそありがとう。」

「私、陸上やってる時は、練習が忙しくてデートなんて行くこと無くてさ。今日は本当に楽しかったよ♪」

彼女がデートと言ったので、僕は初めて今日のしたことがデートであったことを知った。よくよく考えてみると、男女が二人で遊びに行くのである。これをデートと呼ばずになんと呼ぶ。

「明日、曇るんだって、もしかしたら、あの天気になるかもね。」

あの時の天気?一瞬何の事だか分からなかった僕だけど、如月さんと話すキッカケになったことである、少し忘れていることはあっても、思い出せないことは無い。

「"今にも泣き出しそうな空"のこと?」

「そう、それ。私それ本当に気に入っちゃったんだ。一人の時とか、たまに口ずさんでるよ。」

「そ、そんなに?」

まさか、ここまで気に入られるとは思わなかった。少し嬉しい。まぁ、厳密に言えば、僕の考えたフレーズでは無いのだけど。

「今にも泣き出しそうな空・・・うん、やっぱり素敵♪」

嬉しそうに笑う如月さんの横顔は見とれる程に綺麗だ。暗い中、こんな横顔を見せられては良からぬ妄想を働かせてしまうので、ここは帰ることにしよう。

「そろそろ帰ろうか。」

「そうだね。でも最後に一つだけ。」

そう言うと如月さんはぐっと僕の顔に自分の顔を近づけて、僕に驚く暇を与えぬまま、右の頬にキスをした。

何が起こったか分からず、呆然とする僕。そんな僕を見ながら如月さんは小悪魔的な笑みを浮かべ「さよなら、また学校で」と言って、その場を駆け足気味に去って行った。

彼女が去った後もベンチに一人座り、されたことについて考えた。考えると言っても、右頬にキス、柔らかい、彼女の唇、の言葉をグルグル考えるだけで、考えは中々まとまらなかったが、30分もすると、ようやく完全に彼女からされたことを理解できた。理解できたが、もしかすると僕が幻覚を見ていた可能性も否定できない。今から彼女に連絡を取り「もしかしてキスした?」と聞いてみようか?・・・いや、そんな度胸は僕にはない。

仮に、仮にだ。彼女がキスをしたと仮定して、その真意は何だろう?悪戯なのか?それとも僕のことが好きなのか?後者は僕が良いように解釈し過ぎな気もするが、前者だと悪戯ごときに如月さんは体を張りすぎな気がする。

結局のところよく分からない。分かりようもない。こうなったら月曜日にでも彼女になんとかして聞くしかない。

と、思っていた。

だが、端的に言うと、それは叶わなかった。

何故なら彼女は日曜日に亡くなったからだ。




死因は交通事故、夜勤明けのトラックの居眠り運転に巻き込まれて死んだらしい。

あまりに唐突なことに全く頭が付いてこなかったのだが、気がつくと月曜日になっていて、学校帰りに僕は彼女の葬式に参加していた。喪服姿の人々、祭壇の真ん中に飾られた大きな如月さんの写真、どうやら彼女は本当に死んでしまったようだ。

クラスメート達、葬式の参加者は皆がすすり泣いている。これは彼女が如何に皆に愛されていたかの証明だろう。泣いていないのは僕ぐらいのものだ。

泣けないのは整理が追い付かないからだ。如月さんが死んだという現実を頭が理解出来てない。まだ生きていると何処かで思っていて、あの時のキスの意味を考えてしまうぐらいである。

お焼香をする際に彼女の眠っているような死に顔を見ても、少し目眩がしただけで一滴の涙も出てこなかった。

次の日僕は学校を休んで、自分の部屋でボーッとしていた。でもその内ボーッとしているのにも飽きて、何気なく今日の天気でも見てみることにした。

今日の天気は"曇りのち雨"それを見ると僕はカーテンを明け、扉をガラガラと開けて、部屋の外の屋根の無いベランダに出て、空を見上げた。

すると、あの日、彼女との交流が始まった日のような曇り空・・・今にも泣き出しそうな空だった。

結局、あのキスはなんだったのだろう?悪戯なのか?それとも僕に好意を持ってくれていたのか?・・・今となっては分からない。

彼女に本を貸していたのだが、このまま僕が名乗りでなければ彼女の遺品として見なされるだろう。それは別に良いのだが、彼女と感想を言い合えないことが寂しい。

交通事故か、こんなにも唐突に人の命を奪うだなんて無情だよ。おかげで僕は、まだ泣けていない。

"ポタッ"

頬に雨粒が一つ落ちた。その瞬間何かが自分の中で弾けた。なるほど、何かのキッカケが欲しかったんだなと理解した。感情が込み上げてきて溢れ出てきた。

"ザーーーーッ"

今、空が泣き出した。






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