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無色の奇術師  作者: 村上羊
第一部 禁じられた研究
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尖った同居人

 「よろしく」


 養成所に入学した日、ケイは早々に大きな壁にぶつかった。同じ部屋で今後1年ともに暮らすであろう少年は、ケイの言葉を無視したのである。


 きっと聞こえなかったんだな。自分の声が緊張のあまり、小さくなっちゃったかな?


 ケイはそう考えたーーいや、怒りを鎮めるために自分にそう言い聞かせた、と表した方が正しいだろう。

 落ち着き払ったような態度から、少年は大人びた雰囲気を発していた。だが、体格や顔つきをしっかり見るとまだ幼い点があり、ケイと同い年くらいのようである。


 「これからよろしく」


 彼の切れ長な目が、ケイの方を見た。聞こえていたのだ。それにもかかわらず、彼は何も言わなかった。

 ケイは意味が分からなかった。15年の人生において、ここまで露骨にコミュニケーションを取ろうとしない人間に出会ったのは、初めての経験だったのだ。

 部屋のドアには「鯨井ケイ 志賀トウマ」というネームプレートが貼ってあり、少年が実在することは揺るがぬ事実なのである。だから幽霊の類でもないはずだ。


 志賀トウマは初日に留まらず、その後もケイのことを無視し続けた。同じ部屋で寝泊まりする相手と、険悪な生活を送るというのは地獄そのものである。朝起きてから夜寝るまで、気が休まる空間に身を置けないのだ。

 そんなことばかりに気を取られていると、気づけば養成所に来て1週間が経っていた。そして、志賀トウマとの関係を除いて、ケイはその生活に順応していた。


 養成所の1日は長い。

 朝の7時に起床して、ある程度身なりを整えてから食堂へ向かうーーまあ、女子も少ないため整える生徒の方が少数派だ。食堂では到着順に自由な席に座って、仲のいい相手と一緒にご飯を食べることができる。

 食事を済ませたら部屋に戻り、歯を磨いて制服に着替える。そして、教材を持って8時半に始まる、1限の授業へと向かうのだ。

 授業内容は魔術世界の歴史や魔物の生態についてなど、学校的な座学が大半だった。しかし他にも、魔法陣や錬金術のような魔術師らしい実技科目も最低1日に1回はあった。


 そのような授業が1限から続き、昼休みを挟んで午後5時に4限が終わる。そうして、やっと解放されるのだ。放課後は夕食の時間までは自由に過ごすのだが、ケイは同居人のせいでこの時間がどうにも好きになれなかった。

 

 ***


 ある日の夜、ケイは気まずい生活を打破すべく動いた。


 「なあ」


 ケイはベッドに座りながら、志賀トウマに向かって言った。志賀は部屋の反対側にある、椅子に座って本を読んでいる。


 「なんで喋んねえの?」


 しばらくの静寂があった。ケイはなぜか緊張して、風呂上がりなのに額に汗が浮かぶ。


 「喋る利点がないからだ」


 本を閉じながら発せられた言葉に、ケイは耳を疑った。そんな失礼なことを言うやつが現実に存在しているとは思わなかったのだ。


 「そんなの、わかんねえだろ」


 ケイは志賀を睨んだ。


 「じゃあ、お前はなんのために公魔を目指すんだ?」


 志賀はそう言って、初めてケイの顔を見た。深海のような青みがかった瞳に見つめられ、ケイは緊張感を覚えた。


 「俺は大切な人を守るために公魔になる」


 ケイの言葉に、またもや部屋が静まり返った。志賀の切れ長の目は冷酷にケイを見つめる。

 突然、志賀は鼻で笑った。


 「綺麗事だな。そんな抽象的な志が、なんの役に立つ?」

 「は?」

 「公魔ってのは自分の志のために命張ってんだよ。友達作りのためにここへ来たなら、とっとと帰れよ」


 その言葉を残して、志賀トウマは眠ってしまった。


 ***

 

 ケイは布団に入り、天井を睨みつけた。


 ーー元から関わらなくてよかった相手に、話しかけた俺が馬鹿だった。下手に仲良くしようとしていたから、きっと会話がないことへ無駄に気まずくなっていたんだ。もう関わらない。金輪際、あいつに気を遣うーーいや、存在を意識することすらもやめてしまおう。うん、そうしよう。


 ケイはそう心に決めて、未来の友人候補に見切りをつけて目を閉じた。

 しかし、「志ってなんだろう?」という疑問だけがケイの心に取り憑いて、離さないようであった。

 ケイは自身の「強くなりたい」という決意が、具体的な志というものに欠けていることは否めなかった。そのため、特にどこかで自分の志を言うわけでもないのに、何かの面接前のようにケイはその疑問に対しての問答を次の日以降もしていた。

 何より、ケイは志賀トウマに言われっぱなしなのが気に食わなかったのである。そう考えると、結局は志賀トウマの存在を意識してしまっていることに気づいて、ケイはまた不機嫌になった。


 それとは対照的に、志賀トウマはこれまで通りのびのびと生活していた。志賀はいつも涼しい顔をして、一人で行動している。


 ーーきっとあんな態度だから、友達ができないんだ。それでいて、そんな生活に慣れてるからあんな平然をしていられるに違いない。


 そうケイは考え、無理やり志賀トウマを見下そうとした。ケイが一日中観察していても、志賀トウマは授業中の発言を除いて何も喋らなかった。

 いつも何かしらの本を小脇に抱えていて、暇さえ見つければそれを開いて目を通しているのである。


 ーー会話する相手がいないから本を読むしかやることがなくなったんだ。ほぼ毎日移り変わる本の表紙が、それを示しているんだ。


 そうケイはまたこじつけをして、彼を嘲笑おうとした。


 「見んなよ」


 読書する志賀と目が合って、ケイはそう言われた。


 「は? 見てねえよ」


 そんな会話が二人の間にあったが、関係はますます悪くなるばかりであった。

 

 ***


 「友達できたか?」


 夕食の時、入学式の日に仲良くなった小川アキラが言った。


 「いや、まだ」

 「同部屋のやつは?」

 「なんか喋ってくんねえの」


 アキラはケイよりも2つ年上であったが、自然と打ち解けて今では互いにタメ口になっている。


 「なんだよそれ」アキラは笑った。「誰?」


 ケイは食堂を見渡して、相手には気づかれないように志賀トウマを指した。


 「あれ?」

 「うん、あいつ」


 アキラは食べていたサラダが喉につっかえたのか、咳き込んだ。


 「あいつ?」

 「うん」

 「名前は?」

 「志賀ってやつ」


 水を一口飲んで咳払いをすると、アキラは声を潜めてケイに言った。


 「志賀ってのは魔術の名門一家の名前だ」

 「そんなのあるの?」

 「ああ、何百年も前から魔術の血筋を受け継いでるんだよ」

 「ふうん、なんか凄そうだな」

 「なんならその血筋にしかできない特別な魔術ってのもあるらしい」アキラは志賀を一瞬見た。「まあ、そんなわけで、どいつもこいつもプライドばっか大きく育って、頭でっかちになるわけだ。あいつもきっと、そうなんだろ」


 志賀トウマは一人でご飯を食べていた。プライドが高そうなあの雰囲気の理由がわかり、ケイは納得した。

 そして、志賀の友達が本しかいない理由は、その態度だけが理由ではないこともケイは察した。


 ***

 

 その日の夜、志賀は部屋に帰って来なかった。しばしば志賀が部屋にいないことはあったため、ケイは特に気にも留めていなかった。

 志賀トウマはあんな性格だから、孤独になったんだとケイは考えていた。しかし、本当は孤独だからあんな性格になったんじゃないか? そんな考えが脳裏に浮かんだ。卵が先か鶏が先か、という話に似ているが、この問題の場合、志賀の本質に関わっているのだ。


 ーーもしそうなら、どうにかなる?


 魔術の名門一家であったり特別な血筋であったりといった、魔術世界特有の事情をケイは理解できなかった。しかし、食堂での会話を通してケイはそんなことを感じたのだ。

 不本意ながら志賀のことを考えながらケイは風呂場に向かった。すると、トイレから声が聞こえてきた。


 「おい!」


 普段ならトイレから漏れてくる声なんて素通りするのだが、ケイはただならぬ罵声がつい気になってしまった。


 タイルの床に何かが落ちる音とともに、複数人の笑い声が響く。悪い予感がしてケイはゆっくりと、中の人間にはバレないようにトイレの中を覗いた。

 そして、その光景にケイは気分が悪くなった。


 そこには、無造作に倒れたトイレ掃除用のバケツと4人の笑う男たち、そして頭から水を被った、志賀トウマの姿があった。

 どうやら志賀トウマという男は、ケイが思っていたよりも複雑で、なおかつ深刻な事情を抱えているようだった。

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