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みかん

作者: 弘せりえ

江川やよいは、上田コオと、

二人暮らしに手頃な、こじんまりした

マンションに暮らしていた。


 

リビングで、やよいとコオは

ちょっともめている。




「別にわざわざ・・・いいじゃん? 

しかも一人で・・・」




みかんを紙袋に詰め込んでいる

やよいは笑っている。




「でも、新しいうちに、持って行きたいし、


お母さん、お休みは日曜だけだし」




 

コオは、ふん、と鼻を鳴らす。




「いい度胸してるよな、ったく。


母さんの態度にもメゲないなんて」




やよいは、みかんを詰め終えると、


コオのリュックにタオルとスポーツウェアを

詰めてやる。  




「あ、今日はタオル、4枚ね」




やよい、ハイハイとタオルを入れる。




スポーツジムのインストラクターを

しているコオは、


男よりもずっと男らしい女性であり、

コオとやよいは付き合っている。




「今日は4レッスンか。帰りは何時だっけ?」




やよいの問いに、

コオは真面目に答える。




「早くて8時です、奥様」




「ご飯作っておくから、

寄り道しないように」




「ラジャー」




至って真面目に答えるコオが

バカバカしくて、


いつもやよいは吹き出してしまう。




チノパンに皮のジャンパー、

ニット帽に着替えたコオは、


やよいからリュックを受け取りながら言う。




「・・・本当に、大丈夫?」




やよいは、ちょっと視線を

落としていう。




「・・・前はコオと二人だったから、

お母さんも・・・


その、余計複雑だったのかもしれない。


女同士で二人きりで会えば、

また何か違うかもしれない」




コオは、溜息をつく。




「女同士、か。

やよいは前向きだな」




やよいは、おおらかに笑う。




「それに、お母さんにも、

みかん食べてもらいたいしね」




電車の中で、

みかんの袋をもったやよいは、


シートに腰かけて

車窓から外を眺めている。



窓から教会が見えると、

やよいは、微笑んで、目を閉じる。




それは、何年か前。


しとしと雨の降る中、

灯りのついた礼拝堂を外から


コオとやよいはのぞいていた。




コオがつぶやく。




「やっぱりさー、

教会ってノーマルなヤツしか


式挙げれないんだろうな」




コオは、雨よけに、

パーカーのフードをかぶろうとして、


やよいの髪も濡れていること気付く。



コオは、そっとパーカーを脱ぐと、

やよいにかけてやる。


 

やよいは、びっくりする。




「コオが風邪ひいちゃうよ」




コオは笑って答える。



「鍛えてるから、大丈夫。


それに風邪ひいて、

やよいちゃんに看病してもらえたら、

ラッキー」




やよいは、ばかね、

と笑っている。


コオ、やよいをグイと引き寄せ、

歩き出す。




「・・・一緒に暮らそうよ。

やよいと毎日一緒にいたい」




教会を後にする二人は、

雨の中、ぴったりと寄り添っていた。




 

郊外のマンションのドアの前。




やよいはインターフォンの前に

立っている。


インターフォン越しに、

コオの母、上田有子の声がする。




「はい? どちら様?」




やよいは、どきまぎして答える。




「あ、あの、こんにちは、

江川やよいです」




インターフォンからの声は無言で、


ふいにドアのチェーンが外され、

カギを開ける音がする。



そして、ゆっくりドアが開いた。




コオの実家のリビングに通されるも、


気まずい雰囲気がながれる。



口火を切ったのは有子のほうだった。




「・・・それで、

どういうご用件かしら?」




やよいは、紙袋を有子に差し出す。



「田舎の母がみかんを送ってきたので、


よろしければ、

召し上がってください」




袋を受け取って、

何気に中を見ながら有子は尋ねる。




「・・・田舎って、どちら?」




「和歌山です。


実家が農家をしているもので、

毎年送ってくるんです」




「・・・やよいさんのところは、

御両親、おそろいなの?」




有子の意外な質問に、

やよいはうなずく。




「はい。祖父も祖母もいます。

出戻りの叔母と姉も」




「叔母様とお姉様、

お二人とも出戻りなの?」




「はい、お恥ずかしながら・・・


二人とも子供を二人ずつ連れて

帰ってきたので、大所帯なんです」




有子は、やよいの話に

くすっと笑い、少し表情が和らぐ。




有子はやよいに紅茶を出す。




「すみません、ありがとうございます」




「今日は・・・香美は仕事?」




「はい」




しばらくの沈黙の後、

有子は、やよいにたずねる。




「・・・やよいさんのご家族は、ご存知なの? 


その・・・あなたと香美のこと」




やよいは、とまどうことなく答える。




「はい、知ってます」




「・・・何も反対はされなかったの?」




「うちは、叔母も姉もそんな状況ですから、


本当にいい人と出会えたのなら、

それが一番幸せだと」




やよいは、そう言って明るく笑う。




有子は、ふん、と鼻を鳴らす。




「楽観的でうらやましい限りだわ」




しかし、やよいは笑いをくずさない。




有子は続ける。



「ご家族がたくさんいるから

でしょうね。


うちのように、

母一人、子一人では

とてもじゃないけど・・・」




有子、溜息をつき、

やよいを見る。




「香美が普通の女の子でないのは、

うすうすわかっていたわ。


でも私の思い違いであれば、

と願っていた。


いい男性とめぐり会えば、

きっと普通の女性になって・・・


そう信じてたのよ・・・

香美があなたを連れてくるまではね」




やよいは、静かに有子を

見つめている。




有子はその視線に、口調を強める。




「あなたは普通の女性なんでしょう? 


どうして香美と一緒になろうなんて

思うの?


それとも、あなたも

女性が好きな女の人なの? 


いったい世の中、

どうなってしまって、


私の娘が女の子と一緒になりたいって

言いだしたりするわけ?」




やよいは、深呼吸して、


そして有子を見つめて答える。



「私は、女性が好きというわけでは

ありません。


実際、今までお付き合いしてきたのは

みんな男性です。

それに、コオは・・・」




「コオなんて呼ばないで!! 


あの子は香美って名前なの」




有子は、激しい口調になる。




一方、やよいは落ち着いている。



「ごめんなさい、でも、

私はあの人をコオと呼びます。


お母さんの香美さんと

私の知っているコオは、

今、別人なのかもしれません、

でも、いつか・・・」




「お母さんだなんて、呼ばないで!」




有子は立ち上がって、

やよいをにらみつける。




「私にとってあなたの存在は、

香美が私の娘ではないという証拠だわ。


そんなもの、見たくない。

許せるわけがない」




やよいは、立ち上がりながら言う。




「コオは・・・

本当にやさしい人です。


出会えて本当によかったとっています」




 

一人、リビングに残った有子。


ぼんやりと過去を思い出していた。




あれは、古いアパート。


まだ8歳くらいだった香美と

二人でこたつに入って、

テレビを見ている。



こたつの上に、

みかんが一個残っていた。


香美は、無造作にそれを半分に割って、

有子に渡す。




「なんで分けるの?」




香美はぶっきらぼうに答えた。




「二人いるのに、一個しかないから」




有子は、黙ってみかんを受け取ると、


香美の男の子っぽい横顔を

見つめたものだった。




有子は、紙袋から、みかんを取り出す。




「・・・昔から、やさしい子だったもん」




有子は、みかんを握りしめてつぶやく。






仕事から戻ったコオが

部屋着姿で、ビール片手に

やよいの料理を食べながら、


今日の話しを聞いている。


「へー、ホントに行って来たんだぁ。

母さん、なんて?」



「うちの実家のややこしい事情を聞いて、

苦笑してた」


「ふーん・・・他には?」




「他に?」




コオは、やよいの顔をのぞきこんで、

ぷっと吹き出す。




「母さんの小言ごときには

動じないってカオだな」


「そんなことないよ」


「おっ、何? 何か動じたか?」




コオの心配顔に、

やよいは、明るく笑っている。




「まぁ、気長にいきましょう。

ほらほら、もっと飲んで」



やよいにビールを注がれ、

慌ててあふれる泡を飲むコオ。



コオとやよいの楽しげな声が

部屋の中に響いていた。




                    了



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