51 奪還④
突然予想外の行動に出た少女に誘拐犯達は戸惑ったが、所詮子供と制圧しようとした。
「何だ? 座ってろって」
乱暴に押し戻そうとした男は胸ぐらを掴まれると同時にひっくり返った。驚く彼らに少女は顔を向けた。灰色の大きな目が金色の光を帯びていた。
「『騒ぐ前にここの立地条件を考えろ』」
少女のものでない声が彼らに浴びせられた。
「『この洞窟の周囲は枯れ山。ここ数日雨は一滴も降ってない。全員始末する気でいる奴らが取り囲んだら、どうなるか分かるか?』」
首謀格の男が仲間に洞窟の外を偵察させた。大した時間もかからず男は駆け戻ってきた。
「煙が!」
洞窟内が騒然となった。アーケイディウスはテスに手を引っ張られて立ち上がった。少女の身体を借りた月の竜は、洞窟内の全員に告げた。
「『外に出るぞ。煙にまかれないように固まって行け。ほら、あんたも出るんだよ』」
呆然とするリナの背を押し、テスはずんずんと出口に向かった。
冬になるというのに、外はむっとする熱気に包まれていた。そればかりではなく、四方からの煙で視界がなくなっている。その中を、次期皇帝を連れたテスは迷うことなく進んだ。その迫力に押されたように他の者も続いた。
煙をかき分けるように歩いていた一行は立ち止まった。先頭を行く少女ががくりと膝を突いたためだった。
「あー、もう、何度言ってもいきなりなんだから、あのバカ!」
頭を振りながら竜を罵るテスに、アーケイディウスがやや引き気味に尋ねた。
「竜祀院、…なのか?」
「そうよ、道は教わったから急ごう」
少年の手を引いて、少女は煙の中を再び歩き始めた。周囲は次第に熱気を帯び、枯れ木の燃えるパチパチという音が耳に付くようになった。
「足元、気をつけて」
裸足のアーケイディウスを気遣いながら、テスは炎を避けて岩山から避難した。咳込む少年を抱えるようにして歩くと、ようやくまともな視界が開けてきた。
「よかった、ここまで来たら…」
その言葉が終わらないうちに、一行の前を塞ぐ影が現れた。
「…テラノ」
大型の翼竜が人々を威嚇するように翼を広げた。一瞬怯んだ洞窟の男達は、翼竜の背にいる物に気づくと怒鳴り始めた。
「お前ら、何のつもりだ!?」
「俺らを焼き殺すのかよ!!」
テラノの男達は、冷ややかに答えた。
「あそこで一緒に丸焼けになってれば手間が省けたのに」
「貴様!!」
大ぶりのナイフを抜いた男が向かっていったが、轟運と共に後方に吹き飛んだ。左肩の肉がめくれ、骨がむき出しになっている。翼竜の男が構える銃口から煙が上がっていた。
仲間が撃たれた男に駆け寄る。その後から翼竜に向けて叫んだのはリナだった。
「モナは、妹は皇太子側に殺されたの? それともあんた達が…」
「お前の知る必要のないことだ」
男は竜笛を吹き、テラノが頭をそらせるように鳴くとリナに向けて翼を一振りした。彼女を横から突き飛ばすようにして、テスが一緒に地面に転がった。
「あんた、テラノに何させてんのよ!」
テスは本気で怒っていた。いくらプテロに比べて気性が荒いと言っても、馴致され使役される翼竜が命令無しに人を襲ったりしない。次に彼女は別の者に怒りの矛先を向けた。
――いつまで見物してるつもりよ、バカ竜!
『見つけにくいんだよ、お嬢』
とぼけた返答と同時に雷雲が湧き起こった。雨が岩山を叩き、見る見るうちに煙と炎を打ち消していく。
「何だ?」
突然テラノが暴れ出した。翼竜の背後に、遙かに大きな生き物が降り立った。長大な胴体と枝分かれした角。月の竜が人々を睥睨した。テスが歓喜の声を上げる。
「セレニウス!」
焦った男たちが竜に銃を向けた。セレニウスは長い尾を軽く一振りした。途端に巻き起こった突風に、男達はテラノから振り落とされた。
「その子を傷つけないで!」
よろめく翼竜に駆け寄り、テスは叫んだ。月の竜は空に向けて飛び立ち姿を消した。雷雲は嘘のようにかき消え、空が頭上に戻ってきた。
その時、麓の方から呼び声がした。
「竜祀院殿、そちらですか!?」
「竜騎兵が来てくれた!」
安堵するテスの横で、翼竜の男達は洞窟の誘拐犯達に痛烈な仕返しをくらっていた。
「そのくらいにしておけ、大事な証人だ」
テラノの男が殴り殺される前に、アーケイディウスが殺気だった男達を止めた。
「こいつらをどうするの?」
「信頼できる警備隊に預ける。すぐに煌宮に戻らねば」
テスは頷き、興奮状態のテラノに向けて竜笛を吹いた。
「もう大丈夫。ここから少しは暖かなとこに行こう」
次第に落ち着いてきたのを見て軽く首を叩き、テスは振り向いた。
「ケガした人を降ろすから、傷口開かないようにしてこの子に乗せて」
撃たれた男とアーケイディウス、そしてリナに向けてテスは手を差し出した。
「あんたも乗って」
戸惑う彼女に、少年も促した。
「余を殺し損ねたのならまずい立場なのだろう。妹の敵討ちなら叔母上を失脚させることでも出来るぞ」
ぎゅっと唇を噛み、リナはテラノの背によじ登った。テスは最後に翼竜の男に尋ねた。
「この子の名前は?」
男はしばらく黙ったあとで顔を背け、小さく答えた。
「ソーラ」
「いい子ね、ソーラ。もう少しだけ頑張って」
テラノの背に乗り、テスは竜笛を吹いた。
「行くよ、ソーラ!」
大型の翼竜は翼を広げた。
途中で合流できた捜索隊に簡単に事情を説明し、テスはテラノを飛ばせて麓に降りた。
捜索に加わっていた竜騎兵の中にテオとファノはいなかった。訝しげに指摘すると、思いも寄らなかった答えが返ってきた。
「陛下、竜祀院殿、東の国境付近に東方の騎馬軍団が集結しているとの知らせが入り、東方辺境候守備隊、陸軍第三軍、竜騎兵連隊の出動が煌宮より発せられました」
「蛮族どもが? 奴らにそんな動きがあったのか?」
驚くアーケイディウスに、竜騎兵は告げた。
「最近になって、ある小部族の長が急激に力を付け、周辺の部族を統合して東方諸国を襲い、次々に征服していったとのこと。長は竜の守護があると豪語しているとか」
――竜って、あんたの親戚?
テスの疑問に、世にも嫌そうな声が返ってきた。
『血なんか繋がってねえよ。ただの同類だ』
――似たようなもんじゃない。
セレニウスが文句をいう間にも、アーケイディウスは竜騎兵や警備隊に指示した。
「余を拉致し監禁していた実行犯を捕縛させている。この女共々保護しておけ。それから、この者に手当を」
竜騎兵は敬礼すると痛いとわめく男を担架に乗せ、リナを連行しようとした。テスは彼女を呼び止めた。
「モナには生きて欲しかった。とてもいい子だったから」
無言のまま、リナは竜騎兵に引き立てられていった。ここまで運んでくれたテラノに礼を言い、テスは翼竜も警備隊に引き渡した。
「近くに運び屋がいたら世話を頼んで。ここで冬を過ごすなら特別な保護が必要だから」
そして竜笛を吹き、相棒を呼んだ。いくらもしないうちに、プテロの姿が見えてきた。
「ビーチャ、無事だった?」
頭をこすりつける翼竜を撫でてやり、テスはアーケイディウスを振り向いた。
「煌宮に戻るならセレニウスと合流すれば…」
「いや、先に行く所がある」
「どこに?」
問われた少年が頭を向けたのは東だった。
「東方国境に。まず月の竜の汚名をすすぐのが先決だ。それと、東方の蛮族が気になる」
「戦場に行くつもり?」
少年は頷いた。既に決意した顔を見て、テスは灰色のもつれ毛を掻き上げた。
「しょうがないか」
ビーチャに乗り、テスは彼に手を差し伸べた。
「急いでセレニウスに合流するから、ちょっとの間風を我慢して」
アーケイディウスは少女の手を取った。




