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幽閉

 失神した妹を、今度は魔法の鎖で行動を戒める。続けて治癒魔法を用いて火傷を癒やした。

「う……?」

「気がついたか?」

 優しく語りかけるが、警戒は解かない。項垂(うなだ)れていたルーディリートが顔を彼に向けるが、その瑠璃色の瞳は焦点が合っていなかった。

「お兄様、申し訳ありません。私自身が、何をしているか分からないのです」

 魔法の鎖による戒めは彼女にも解けそうにない。

「これ以上、お兄様を傷つける前に、どうか御慈悲を下さい」

 兄にと言うよりも、長に頼むように彼女は告げる。

「愛しいお兄様、ランティウスお兄様。貴方のお手で、どうか御慈悲を」

「ルー、私のルー。お前を幸せにできなかったのは私自身の未熟さ故だ」

 兄の言葉に、彼女は首を横に振った。

「いいえ、全ては先見の巫女である私の過ちです。長を正しく導き、助言できなかった愚か者を、どうかお許し下さい」

 彼女の目尻から涙が溢れる。兄の頬にも熱い滴が伝っていた。

「すまぬ、こんなことしかしてやれぬ、兄を許してくれ」

「お兄様、ルーディリートは幸せでした。こんなにも私を想って下さり、ありがとうございました」

 ルーディリートは微笑む。たとえ狂っていたとしても、兄を殺そうとした事実は消えない。それなのに兄は、彼女を無傷で捕縛した。傷つけたくないという想い、大切に扱ってくれているという行動が、彼女にも痛いほど理解できる。

「ルー、人生をやり直したいとは思わないか?」

 兄の言葉に、彼女はキョトンとする。言われている意味が分からない。

「もう一度、お前自身の自由な人生を、私はせめてもの罪滅ぼしとしてお前に贈りたい」

「勿体ないお言葉です。けれども、そのような術は、どこにもありません。お兄様のお気持ちだけで充分です」

 ルーディリートは、兄の言葉を気休めと受け取った。しかし兄は違う。

「気休めと思って構わない。お前の希望を聞きたいだけだ」

 真剣な眼差しで見詰めて来る兄。この表情に彼女は弱かった。

「もし、やり直せるとしても、先見の巫女は私には重責です。先見の巫女にならない道があれば、私はそのような人生を歩みたいと願います」

「分かった」

 兄は頷いて、それから彼女の頬に手を添える。

「私のルーディリート、もっと顔をよく見せておくれ」

「お兄様……、お兄様……」

 言葉が出て来ない。代わりに目尻からは止めどなく涙が溢れる。その止まらない涙は彼との別れを惜しむ気持ちと、彼の想いを受けた幸せの表れだった。兄の両手が彼女の頭を包む。

「ルー、許せ」

 唇を重ね合わせた幸福感でボウッとしていた彼女の意識はそこで暗転した。

 暫くして、赤毛の少年が駆けて来る。

「ししょー!」

「カイン、待ちなさい」

 少年の後ろを追い掛けて来るのは、赤紫色の髪を揺らす女性だ。

「これは?」

 巨木が倒れ、地面がうねる様子に二人の足は止まる。盛り上がった地面の上に横たわった男性を見つけて、女性は慌てて駆け寄った。

「あなた、ご無事ですか?」

「シェラ、ですか?」

 自らの手を握って来たのが妻と知り、彼は安堵の息を漏らす。彼の姿は老け込んで見えた。

「どう、なさったのですか?」

「ちょっと魔力を使い過ぎました。回復までに数年かかりそうです」

 彼の言葉に息を飲むシェラザード。その二人に少年が声を掛ける。

「この赤ん坊、どうしよう?」

 彼の腕の中には布で(くる)まれてスヤスヤと眠る赤ん坊が抱かれていた。

「あなた、どうなさいます?」

「オースティンに相談しましょう。彼ならば引き取る可能性もあります」

「じっちゃんなら、大丈夫だよ」

 夫妻の思惑とは別に、少年は無邪気に笑う。

「名前を付けないとなりませんね」

「ししょーが付けるのか?」

 不満顔の少年に、シェラザードが微笑む。

「あなたの名前も、この人が付けたのですから、お揃いでいいでしょう?」

「ああ、そうか。ならししょーに頼む」

「やれやれ」

 彼は立ち上がると、赤ん坊を少年の手から受け取った。

「女の子ですね、それではセリナと名付けましょう」

「良いお名前ですわね」

 夫から赤ん坊を手渡されて、シェラザードは微笑む。

「それでは村に行きましょう」

「あら、目覚めましたわ」

 シェラザードの腕の中で目覚めたセリナの瞳は、瑠璃色に輝いていた。

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