幽閉
妹の急変に彼は当惑するだけだった。
「私のお兄様を奪う者は、殺す!」
フワリと宙に舞い上がる妹を見て、彼は拳を握り締めた。
「ルー、待て!」
彼の突き出した右手から縄が伸びて彼女に巻き付く。しかし、その縄は即座に弾け飛んだ。
「な……?」
彼女の技量や魔力を想定して放った魔法をいとも簡単に解呪されて、彼は動揺する。その彼に向けて、今度はルーディリートが右手を突き出した。
「邪魔者は、排除」
無機質な声と共に、彼を押し潰そうとする見えない圧力がのし掛かる。
「くっ……」
押し潰されまいと彼は踏ん張った。その足が地面にめり込む。
「どこまで耐えられるのかしら、お兄様?」
唇の端に笑みを浮かべたルーディリートはしかし、そこで力を抜いた。
「お兄様? ああ、何てことを……」
彼女は地上に降りると、その場に立ち尽くす。重圧から解放されて、彼は痛みの残る身体に鞭打つようにして妹に飛びかかった。
「ルー!」
咄嗟のことに対応できない彼女を抱きすくめて、地面に押し倒す。
「お兄様、早く私を止めて下さい」
泣き顔で哀願する彼女の両手首を掴んで、その瞳を覗き込む。瑠璃色の瞳が、不意に濁った。
「邪魔者は、殺す!」
睨み付けて来る妹の瞳に尋常ではない様子を見て、彼も事態を飲み込んだ。
「操られているのか」
「私の邪魔をしないで!」
ルーディリートの細腕のどこにそのような力があるのか、彼の腕を押し戻して来る。
「次元の狭間、空虚なる穴、汝を……」
「この至近距離で?」
彼は妹の唱えている呪文の効果を察知して、素早く離れた。その彼に向けて彼女が腕を伸ばすと漆黒の球体が放たれる。ギリギリで避けた彼の横を通り過ぎた球体は樹木に命中し、樹齢数百年の杉の木は穴を穿たれた。少しの間を置いて倒れる。
「次は外さない」
再び同じ呪文詠唱が始まる。彼はその手に宝玉を持った。
「杖よ」
その手に短い杖が出現する。
「ラリア、私に力と知恵を貸してくれ」
小さく呟いて、彼は妹を見た。呪文詠唱の完成は近い。黒い球体が彼女の掌の上に出現している。
「そうか!」
彼は何事かを閃くと、杖の先を妹に向けた。
「土壁!」
彼の呪文に応じて、両者の間の地面が頭上を越える高さまで盛り上がる。次の瞬間、土壁には大きな穴が穿たれるが、ルーディリートの視界からは兄の姿が消え失せていた。
「どこに?」
周囲を見回しても彼の姿はない。
「お兄様、かくれんぼですか?」
次の黒い球体を準備しながら問い掛けるが、返事はない。不意に彼女の背後で地面が盛り上がる。
「そこですか?」
盛り上がった土壁に穴を穿つが、やはり兄の姿は見えない。続けて彼女の右側の地面が盛り上がる。穴を穿つと左側が盛り上がった。彼女はそこには穴を穿たず、三方向の穴に向けて注意を払う。不意に足元が崩れた。
「これが狙いですか?」
四方の地面を盛り上げて逃げ場を塞ぎ、足元を崩して埋めようとしているのだとルーディリートは解釈する。即座に浮遊の魔法を使って、盛土の上まで浮かび上がった。その彼女に飛びつく影が一つ。
「ルー、捕まえたぞ」
盛土の斜面を転げ落ちる二人。彼が逃げ場を塞いだのは、最後に残した上空へ逃げて来るのを待ち構える為であった。
この方法は、ラリアとの剣術訓練で行われた、防御方法の一つとして相手の動きを狙い通りに誘導する技法に発想を得ている。
「邪魔を、しないで! ……むぐ」
呪文詠唱を防ぐ為に彼はルーディリートの唇に、自らの唇を重ね合わせた。ジタバタと暴れていた彼女の腕が、彼の背中に回されると、強く抱き締めて来る。
彼は妹の項に右手を添え、左手を腰椎に添えた。瞬間的に微弱な雷撃魔法を使う。それが電気ショックとなって、彼女は気を失った。




