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幽閉

 ルーディリートは気が付くと、見慣れない風景の場所に立っていた。

「ここは?」

 瓦礫の散らばる廃墟の中を、宛てもなく歩き回る。

「お兄様……」

 両手を組んで愛しい兄を思うと、頭の中に不思議な映像が浮かび上がる。廃墟を取り巻く森林と、その森林の向こうに広がる美しい湖。湖の(ほとり)には白壁の小さな一軒家が見えた。

「そこに、いらっしゃるのですか?」

 ルーディリートは頭の中に浮かんだ映像に従って、湖に向かう。空間と空間を繋いで通り抜ける瞬間移動。時空魔法の中でも高度な術式だが、彼女は苦もなく扱う。

「綺麗……」

 太陽の光に照らされた湖面はキラキラと輝き、彼女の心の疲れを洗い流すかのようだ。

「お兄様は近くにいらっしゃるはず」

 再び両手を組み、愛しい兄を想った。頭の中に映し出されるのは、赤毛の少年に剣術の稽古をつける兄の姿、その二人を見てニコニコと微笑んでいる赤紫色の髪の女性。

「シェラさん?」

 集中を解いて、彼女はポツリと呟いた。姉の言っていた通り、兄はシェラザードと共に地上へ逃れて来ている。それだけならまだしも、二人の間には男の子が産まれているようだった。

「赦せない……」

 彼女の心中にドス黒い気持ちが広がる。しかし、ルーディリートは激しく首を振ってその感情を追い出しにかかった。

「わ、私は何を考えていたの?」

 兄を連れ戻すのに、邪魔者を排除する。この場合、シェラザードと赤毛の男の子の命を奪うことだ。

「そのような恐ろしいこと、私にはできない!」

 誰かを傷付けてまで、兄と共に過ごす未来を夢見たことは一度もなかった。誰も傷付けないよう、常に一歩退いて来たからこそ、兄の幸せがあるのだと彼女は思う。

「お母様の言い付け通り、私はお兄様の幸せを願っています。私の幸せは二の次でいいから、お兄様の幸せが……」

 懸命に兄の幸せを願うが、彼女の心の底からはドス黒い感情が溢れ出していた。

「ダメ、ダメよ。そんなの誰も幸せにならない」

 ドス黒い感情の支配を拒絶するが、既に彼女は抗えないほどになっていた。

「お兄様、ゴメンなさい」

 頬を涙が伝う。次の瞬間、彼女はこれまで誰にも見せたことがないような不敵な笑みを浮かべていた。

「私がソフィアになれば、お兄様は幸せなはずよ」

 瑠璃色の瞳が怪しく光る。

「まずは、シェラさんには申し訳ないけど、そのソフィアの証は返して貰うわ」

「それは出来ない相談だな」

 右手に魔力を集め始めた彼女に、背後から声を掛ける者がいる。振り返るとそこには黒い髪の兄がいた。

「お兄様?」

「ルー、なのか?」

 彼女は遺跡調査隊の服装、兄は髪の色が違っていたので、互いに相手が何者なのか確証が持てないでいた。しかしルーディリートは手元の魔力を消し去ると、兄の胸に飛び込んでゆく。

「お会いしとうございました」

「本当に、ルーディリートなのか?」

 これまでの彼女では考えられない言動に、兄は訝しむ。

「お忘れになりましたか?」

 母の葬儀の時と同じように、寂しげな微笑みを浮かべながら、彼女は小首を(かし)げた。その仕草で彼は妹と断定したようだった。

「どうやって、塔から抜け出した?」

「お姉様から、お兄様を連れ戻すのを条件に」

 兄の胸に抱き着いたままで、彼女は答える。その言葉と、先程までの言動から兄の警戒心が強まったのを、彼女は気付かなかった。

「それと、邪魔者は排除するよう、に、と……」

 彼女は途切れ途切れに言葉を発しながら、兄から離れる。そのまま無言でその場にへたり込んだ。

「お兄様、お逃げになって。これは私であって、私ではありません!」

 突然の妹の変わりように、彼は驚くばかりで何もできない。

「邪魔者は、殺す!」

「ルー!」

 頭を抱えて震える彼女を、兄は心配している。

「お兄様、逃げ、て……。殺す!」

 顔を上げたルーディリートの表情は、狂ったかのような笑顔だった。

「私の愛しいお兄様を、私から奪う者は殺す!」

「ルー、落ち着け!」

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