幽閉
それから月日は瞬く間に流れた。
ルーディリートの元にアリーシャが戻されることもなく、会う度に娘を返すよう訴え掛けていた兄の足も遠退き、彼女は孤独へと追い遣られていた。
「これで、良かったのよ」
兄の気持ちが彼女から離れれば、姉も安心するだろう。そうなれば、娘と共に穏やかな生活を取り戻せるに違いない。彼女はそう信じていた。いや、無理矢理にでも自分自身を納得させようとしていた。
不意に扉が開き、一人の人物が入って来る。
「ルーディリート、お前の出番よ」
姉のエリスだった。尊大な態度は相変わらずだ。
「お兄様が、あの地上の女と共に逃げたの。一族の掟で妾は地上に出られぬ」
急な話で、ルーディリートは理解が追い付かない。
「そこで、お前の出番」
「私には、何の力もありません」
やんわりと断ろうとするが、姉は構うことなく言葉を連ねる。
「イヤとは言わせないわ。お前には見返りとして、お兄様の側室になることを認めてあげるし、お前の娘もお兄様の子として認めてあげる。どう、悪い条件ではないでしょ」
エリスの提案は魅力的だった。だからルーディリートも尋ね返してしまう。
「姉様、どうして私を?」
「私が知らないとでも思ったの?」
姉は鼻で笑う。
「お前がお兄様を誑かしたのぐらい、ずっと昔から知っていたわ。でもそれがどうしたというの?」
見下すような視線にルーディリートは耐える。姉は更に彼女を貶めにかかった。
「今は私が正妻で、お前は単なる恥曝し。そのお前に、もう一度公の場に出られる機会を与えると言っているのよ。悪くはないでしょ?」
酷い言われようだが、ルーディリートは反論できなかった。
「娘に、会わせて下さい」
ずっと懸念事項だった娘との再会を要求する。
「いいわ、お兄様を連れ戻して来たら、幾らでも会わせてあげるし、何ならお兄様と過ごすことも認めてあげるわ」
姉の回答は破格の好条件だった。流石のルーディリートも、姉の真意が読めない。視線を上げて姉の瞳を見詰めると、その青いはずの瞳が金色に輝いていた。
「だから、妾の言う通りになさい」
ルーディリートは混濁しそうになる意識を、必死になって保とうと抵抗する。姉の瞳の輝きから視線を逸らそうとするが、身体は動かない。これ以上は抵抗できないと警鐘が鳴り響く中、ついに彼女は意識を手放した。
「ルーディリート、妾の言う通りになさい」
「はい、お姉様」
混濁した意識の中で彼女は頷く。姉の唇が動いているが、何を言われているのか理解ができない。いや、音が聞こえない。
「……、分かったわね?」
「はい、お姉様の仰る通りにして、お兄様を連れ戻します」
意識が戻ると、姉は上機嫌で微笑んでいた。
「さあ、ここから出してやりましょう。長い間、不便をかけたわね」
満面に笑みを浮かべている。
「まずは着替えが必要ね」
エリスの言葉を待っていたかのように金髪の侍女が入室して来た。手にしている衣装は、動き易さを重視した簡易防具付きの服だった。ルーディリートは抵抗する余裕もなく、遺跡調査隊の衣装に着替えさせられる。エリスは大きく頷いていた。
「それでは、こちらへいらっしゃい」
エリスの声色は優しい上に、あまつさえ手に手を取って長い階段を下りる。塔の門番が最敬礼して彼女たちを見送った。城の通用口には身なりを整えた男性が待ち受けている。
「ソフィア様、如何でございましたか?」
「妹は、快くお兄様の捜索を引き受けました。すぐにでも出立したいとのこと故、連れて来たわ」
「左様でございますか」
恭しい態度ではあるが、ルーディリートには違和感を覚えさせる。しかし二人の勢いに城の奥まで連れて来られた。
「ルーディリート、しっかりと務めて来るのですよ」
「はい、お姉様。お任せ下さい」
彼女の思いとは別に勝手に身体が動く。ルーディリートは地上に通じる転移方陣の前に進み出た。巨大な石像二体が両脇に立っているが全く動く気配すらない。彼女は何らの妨害もなく転移方陣を通過した。




