幽閉
「どういうこと、ですか?」
「一つの仮説だ。可能性としてはお前の魔力が戻れば、ソフィアの証はお前の手元に戻って来る方が高い」
兄は再び彼女の後頭部を撫で、優しく微笑む。
「そもそもシェラにソフィアの証が渡るとするには、お前がそれを望む必要がある」
彼女はドキリとした。兄たちを逃がそうとした時、彼女は無意識にシェラザードに兄を任せようと思っていたのだから。もしも、その兄を譲る気持ちが、正妻の座も渡す気持ちと通じていた場合、ソフィアの証はシェラザードの手に飛んでゆくのだろう。
「もし、そのシェラさんの手にソフィアの証が移っていた場合、どうなさるおつもりですか?」
ルーディリートは、これで兄の本心を知れると思った。
「そうだな、その時は地上に彼女を連れ出そう」
「え?」
思ってもみない答えだった。
「仮にシェラがソフィアの証を手にしたとして、それをお前に返したのではエリスは納得しないだろう」
兄の言葉に頷く。
「ではエリスに与えた場合、どうなるか」
「お姉様は満足なさるのではありませんか?」
ルーディリートの答えに兄は首を横に振った。
「恐らく、あいつは二人を処罰するだろう。邪魔者としてな」
エリスの嫉妬深い性格は、決して競合相手を許さないと彼は判断している。
「だが、そうはさせない。私の大切なルーディリート」
「お兄様、同じことを他の誰かにも言ったでしょう?」
照れ臭がる様子がなかったので彼女は訝しんだ。だが兄は微笑むだけだ。
「それに、地上の民の寿命は我々と比べて短い。彼女の寿命が尽きるまで地上で共に過ごしたとして、城では三年ぐらいだ」
「お兄様は、三年も私を孤独に耐えさせるおつもりですか?」
「それでは共に地上へ来るか?」
兄の提案は魅力的だった。しかしそれでは愛娘のアリーシャはどうなってしまうのか。彼女の危惧は迷いを生む。
「お兄様は狡い人です」
ルーディリートは上目遣いで兄を睨んだ。
「十年、辛抱しました。後三年なら娘と共に待ちます」
「分かった。アリーシャと共に過ごせるよう、エリスに掛け合って来る」
兄はそう告げて出て行った。残された彼女の頬を涙が伝う。
「お兄様の心遣いは嬉しい」
しかし彼女は未来を見てしまっていた。
「けれど、その優しさが私やお姉様を苦しめているのよ」
両手で顔面を覆い、彼女は泣き続ける。兄の優しさは誰も傷付けないようにとの配慮から出ているのは、彼女も理解していた。しかし、その配慮が仇となり、エリス、ルーディリート、シェラザードの三人が正妻の座を巡って争う構図になっているのだ。
兄が非情さを発揮してエリスから正妻の座を奪い、ルーディリートに与えれば、姉は発狂してしまうかもしれない。それはルーディリートも同じで、現状を放棄してシェラザードに兄がついて行ったとすれば、やはり発狂しそうなほどに追い詰められるだろう。
一ヶ月ほど前に会って言葉を交わしたシェラザードの性格からして、彼女は正妻でなければ自害を選ぶはずだとの確証にも似た思いがあった。
「お兄様、貴方は罪作りな方です」
泣き止んだ彼女はポツリと漏らして俯く。
未来の情況は、彼女自身が兄と対決する様子を予感させるものだった。




