別れ、そして出会い
平日毎朝8時に更新。
「無理はなさらないで下さいませ」
「すまない」
二人がかりで持ち上げても花瓶は重い。ランティウスとソニアは花瓶を運び、三人の侍女たちにまとめた荷物を運ばせる。ルーディリートの部屋は綺麗に掃除されていた。花瓶は部屋の奥、飾りを置く為に窪みになっている場所へ安置する。
「それでは二手に分かれて、片付けと、持ち運びをしてくれ」
ランティウスの指示に従って、彼女たちは二手に分かれた。後は部屋を行ったり来たりである。その間、大部分の荷物を運び終えた頃、ランティウスは姿を消していた。
「若君が、このように責任感がないとは、思いませんでしたわ!」
ソニアが毒づくのも仕方あるまい。彼女は全体の差配をしながら、ルーディリートの相手もしているのだ。せわしない状況では精神的余裕がなくなる。
「やっと終わりましたわね」
片付いた部屋を眺めながら、ソニアは一息ついた。部屋を見回すと、やはり大きな花瓶が殺風景に見える。何の花を生けようかと考えていたところへ、ランティウスが戻って来た。
「若君……」
文句を言おうとしたソニアではあったが、彼の手にあるものを見て言葉を呑んだ。
「ルー、花瓶に生ける花を持って来たぞ」
「お兄さま、ありがとう」
ルーディリートは満面の笑みで彼を迎える。彼の腕の中には、青い薔薇の花があった。この城の奥庭にしか咲かないその花は、ソフィア、つまり長の妻でもあり彼の母親でもある人物の許可を得なければ、一輪たりとも摘み取ってはならない。それを今、彼は両手に抱えられるだけ採って来ている。薔薇のトゲにより、血がにじんでいたが。
「早速、生けてくれ」
侍女が三人で分け持つ。ソニアは治療箱を手にランティウスに近づいた。
「若君、ご無理はなさらないようにと、願い申し上げたはずですけれども?」
「ルーの為だ、無理などしていない」
「お兄さま、血が出てる」
ソニアの治療を受けている兄に、ルーディリートは心配そうな瞳を向ける。そんな妹に、彼は優しげな眼差しを返した。
「ルー、これからは困ったことがあればソニアか、この兄に相談してくれ。お前の為ならば二人とも出来る限りのことをするからな」
「若君の仰る通りです。ルーディリート様、何なりと仰せつけ下さいませ」
「はい、分かりました」
元気良く返事する彼女に、悲しみの色は見受けられない。ランティウスは妹の笑顔が眩し過ぎて、花瓶の方へ振り返った。
「やはり、薔薇は良いな」
生けられてゆく花を見ながら呟く。青い花弁が五枚、絡み合い、咲き誇っている。その茎には当然の如くトゲがあった。
「ハ・ウィル・ターグ、『禁断』と『情熱的愛』を意味する花……」
ソニアの呟きは誰の耳にも届かなかった。兄妹は薔薇の花に目を奪われており、素知らぬ顔だ。この兄妹について周囲が噂するのに、さほどの時間は要するまい。ソニアにはそれだけが懸念事だった。
次回更新は、2月24日です。