儀礼
毎朝8時に更新。
早朝、ルーディリートたちは馬車を城の近くまで進めて、残りを徒歩で近付いた。城に到着する頃には既に昼近くになっている。
「どうか、見つかりませんように」
心の中で祈りつつ、彼女たちは人で溢れかえった城の前庭に踏み込んだ。ルーディリートは娘とはぐれないように、しっかりと手を繋ぐ。参列は徐々に前へと進み、一般弔問客用の机の前に辿り着く。そこで拝礼し、長老から預かっていた花束を手向ける。後は他の人々と同様に粛々と城から退去するのみだった。
「良かった……」
城から離れた場所でルーディリートは安堵の溜め息を漏らした。ソニアもやや遅れたが、しっかりと戻って来ている。彼女たちは振り返って後方を確認した。誰もついて来ている気配はない。
「さあ、このまま村へ帰りましょう」
三人は馬車の隠し場所まで急いだ。馬車の近くまで戻って来た彼女たちの行く手を、一つの影が阻むように塞ぐ。
「お待ちなさい」
「ソフィア様!」
彼女たちの行く手を遮ったのは、ファルティマーナだった。純白の衣裳を纏った彼女は、婉然と微笑んでいる。よもや葬儀の間に彼女が離れるとは思わなかったルーディリートたちは、呼び慣れた名を口にするほど驚いた。驚きの余り、身体が硬直して動かない。
「ルーディリート、貴女をこのまま帰す訳には参りません」
「ファルティマーナ様、どうして……?」
ルーディリートはそう絞り出すと、娘の手を握って自らの側へ引き寄せた。
「城に戻りなさい、ルーディリート。今ならあの子もいますし、私も口添えします」
微笑みかけながら、彼女は姪に向けて足を踏み出した。
「行けません、私は……」
「姫様!」
ルーディリートは頭を振りながら必死で抵抗の言葉を考える。その間にも伯母は迫って来ていた。
「さあ……」
「ダメです。私は長老の代理としてここへ参りましたので、村へ帰らなければなりません!」
姪の左腕を掴み連れて行こうとしたファルティマーナであったが、その言葉を聞いて動きを止めた。驚いたように見開いた瞳が、ルーディリートを射貫くように見据える。
「……長老の?」
「はい、代理として……」
「そう。それでは今回は無理ですわね」
意外にあっさりと、伯母は彼女の手を放して引き下がった。そのあまりの変貌ぶりに一同は目をしばたたかせる。
「ファルティマーナ様?」
驚くルーディリートとは対照的に、ファルティマーナは微笑みかける。
「ルーディリート、貴女に渡すものがあります。受け取って下さい」
伯母は微笑んだまま、彼女の掌に触れた。瞬間、重ねた掌から目映いばかりの光が溢れる。光は辺りを包み込んだ後、急速に収束してルーディリートの左手に渦巻く。
「これは……?」
「やはり、そうなりますか」
ルーディリートの左手に渦巻いていた光は、更に収束して薬指へ集まる。気が付くと彼女の薬指には指輪が篏まっていた。乳白色に輝く宝石が目を引くが、それ以外は至って素朴な指輪だ。
「よろしいですか、それは私からのせめてもの餞別です。決して失ってはなりません」
「ファルティマーナ様……」
「もう、会うこともないでしょうから、その前にできることはしておきたいのよ」
伯母に優しく抱き締められて、ルーディリートは母親の感触を思い出していた。幼い頃に死に別れた母親と、今目の前にいる伯母は姉妹である。思い出さずにはいられない。
「母様……」
目尻に涙が光る。しばし、二人は別れを惜しんだ。
「さあ、もう行きなさい。そろそろ城の者が先程の光の正体を探りに来る頃ですから」
そっと姪を馬車の方へと押し出すファルティマーナ。押し出されたルーディリートは名残惜しそうに伯母を見詰める。伯母はソニアに声をかけた。
「ルーディリートをよく支えて、仕えるのですよ」
「はい」
ソニアは元の主に深々と頭を下げて馬車に乗り込んだ。窓からアリーシャが顔を出して手を振る。それがファルティマーナがルーディリートたちを見る最後だった。
「ルーディリート、その指輪はソフィアの証。これで私には何も思い残すことはありません」
馬車を見送って彼女は一人呟いていた。
「清き風は麗しく舞う・邂逅」へ続く。
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