儀礼
毎朝8時に更新。
どれほどの時間が流れたのだろう。ルーディリートが目を覚ますと、そこにソニアの姿はなかった。馬車は既に停止しており、外は闇である。
「ソニア?」
恐る恐る呼び掛けるが返事はない。膝の上で眠っていたアリーシャも目を覚ました。
「ん~~……」
目尻を擦りながらアリーシャは母に尋ねる。
「母様、ここはどこ? ソニアは?」
まさにルーディリート自身が知りたい事柄を尋ねられて、彼女は答えに窮した。
「アリーシャ、大丈夫よ。何があっても貴女だけは守るわ」
愛しい我が子を両腕で強く抱き締める。彼女の脳裏には最悪の事態が想定されていた。城に近付き過ぎた馬車が発見され、彼女たちが虜になってしまった事態が。
「誰か来る?」
小さな足音が馬車に近付いて来た。ルーディリートは愛娘を抱き締める腕に更に力を加える。緊張が高まり、喉がカラカラに渇いた彼女の目の前でドアが開け放たれた。
「姫様?」
強ばった表情で見詰める視線を感じて、ソニアは訝しがるような声を出した。
「ソニア、驚かさないでよ……」
「申し訳ありません。近くに水を汲みに行っていたものですから」
「そう……」
馬車の中に入って来た彼女の腕には籠が下げられ、その籠には水で満ちた容器が幾つかと、果物が入っていた。
「母様、苦しい……」
「あ、大丈夫?」
もぞもぞと腕の中で動いた娘を慌てて解放する。アリーシャは大きく深呼吸した。その様子に二人は笑みをこぼす。
ソニアの手により食事が用意され、ルーディリートたちは空腹を満たした。
「ところで、どの辺りまで来たのかしら?」
「ここは城から、およそ半日の距離です」
「もう、そんなに?」
ルーディリートは驚いた。城から半日ほどしか離れていないのでは、いつ見つかってもおかしくない。
「大丈夫かしら?」
「それはご安心下さいませ、姫様。城は今頃、多くの来賓や弔問客で溢れ、その警備に手一杯のはずです」
「そう、なの?」
腑に落ちない面持ちでルーディリートは尋ね返した。ソニアは自信に満ちた表情で頷く。
「そうでなければ、今頃は捕らえられているはずですから」
「ソニア、危ない真似だけはやめて」
彼女は真剣に侍女の身の安全を心配した。この世で頼れる相手は侍女のソニアしかいないのだ。ルーディリートは彼女を失った時の恐怖に身を震わせた。
「ご心配を掛けまして、申し訳ありません」
ソニアは素直に頭を下げた。危険な行為をしたのは確かなのだ。主人からの指示には逆らえない。
「でも、見つからないならば、明日にでも弔慰を表して来ましょう。早めに行って、すぐに帰るのが良いわ」
「姫様の仰せのままに」
彼女たちは、そのまま一夜を明かした。




