儀礼
毎朝8時に更新。
「さあ、飲み給え」
温かいお茶を目の前に出されて、ルーディリートは恐縮しつつも、それに口を付けた。
「あの……」
「言わなくとも分かっておる。この村から出るのであろう?」
切り出す前に言い当てられ、彼女は言葉に詰まった。
「元々ソニアに情報を提供しているのは、私だ。そしてお前さんがどういう行動に出るかぐらいは、判別もつく」
「恐れ入ります」
「そう堅くなるものではない。私のことは兄だと思って貰えばいいのだからな」
「はい……」
返事が小さくなる。兄と思うのは彼女にとって、複雑な想いを絡ませてしまう。
「兄とは思えぬか、それも仕方なかろう」
どこまで分かっているのか、彼は軽快に笑うと席を立った。
「どれ、弔慰の品を持って行かなければな」
長老は部屋の奥から彩りも鮮やかな花束を持ち出して来た。
「弔問に手ぶらで訪れるのは忍びなかろう」
「ご配慮、痛み入ります」
「良い、これは私からの分も含まれておる。私の代理として弔問して来てくれぬか?」
長老の言葉にルーディリートは少しだけ気持ちが楽になった。
「はい、それでは村を代表して、弔問して参ります」
「うむ、では頼むぞ」
長老から手渡された花束は、実際の花ではなく、鳥の羽を組み合わせて花束を模していた。
「では、行って参ります」
ルーディリートは頭を下げて、長老の家を後にした。アリーシャの手を引いて彼女は足早に仮住居へと帰って来る。
「ソニア」
侍女を呼ぶと、彼女は荷物を抱えて表に出て来た。
「姫様、お帰りなさいませ。いつでも出立できます」
「それでは、すぐに出立します。急がなければなりません」
「畏まりました」
ソニアが頷く。歩き出そうとした三人の目の前に、突如として馬車が横付けにされた。独りでに扉が開く。
「これは……?」
「長老の心遣いではありませんか?」
無人の馬車を走らせる技術の持ち主は、この村の長老以外に考えられない。多少警戒しつつも、彼女たちはその馬車に乗り込んだ。四人乗りの馬車だったのか、空間には余裕がある。
「では、行って頂戴」
ルーディリートの声に従って馬車はゆっくりと、静かに走り出した。御者のいない馬車は、彼女たちの目的地を目指して軽快に走行を続ける。村を覆う結界も何事もなく通り抜けた。通常の馬車よりも速度がやや早いのか、この調子では明日の朝までに城に辿り着くだろう。ルーディリートは途中どこかで、休息できないか思案していた。
「ソニア、この辺りに休息できる所はあったかしら?」
膝の上で眠る娘を気遣いながら、侍女に尋ねる。ソニアは、すぐさま主に応えた。
「姫様、残念ながらこの辺りには休息できる場所はございません。それに、この速さならば明日の朝を待たずして城に到着致します。それまでのご辛抱を」
「そう、それなら仕方ないわね」
ルーディリートは目を落して娘の頭を撫でる。その胸中では、愛しい男性に会えるかもしれない嬉しさと、捕らえられて娘を取り上げられるかもしれない不安が、複雑に絡み合っていた。
「何があっても、この娘は渡さない」
彼女にとっては唯一の心の支えだ。娘を手放すぐらいならば刺し違えてでも守り抜こうと考えていた。
「ソニア、暫く横になるから、城の近くまで来たら馬車を停めて頂戴。決して誰にも見つからないようにね」
「はい、お任せ下さい。姫様」
大きく頷いた侍女に全幅の信頼を置いている彼女は、そのまま眠りへと落ちていった。




