訪問
毎朝8時に更新。
「それでは身体には気を付けるのだぞ」
そう言い置いて彼はマントを翻し、踵を返した。その彼に向けてルーディリートは深々と頭を下げる。馬車に乗り込む音がして、一団は静かに動き出した。安堵の息を漏らした彼女ではあったが、その直後に信じられない事が起こる。髪をまとめて押し込んでいた頭巾が外れ、彼女の豊かな銀髪が陽の下に晒されたのだ。慌てて隠そうとするが、それは間に合いそうもない。彼女は半ば観念して顔を上げる。しかし彼女が心配する事態にはならなかった。既に長を乗せた馬車からは死角に入っており、目の前を通り過ぎてゆく者達も、彼女には見覚えがなかったようだ。最後の馬車が通り過ぎようとして、中の人物と目が合う。
「ファルティマーナ様……」
呟く彼女を見る伯母の目は驚きの色を秘めていたが、彼女がこの場に残っているのを見て、やや残念そうにしていた。その伯母に向けてルーディリートは笑みを返す。彼女は右手には籠を、左手にはアリーシャを連れて、足早に集落の佇まいへと急いだ。兄はソニアを、彼女の侍女を探していたのだ。ルーディリートは彼女の安否を気遣う。
「ソニア!」
家の中に入り、名前を呼ぶ。ややあって、彼女はかまどの陰から身を起こした。
「姫様、ご無事でしたか」
「ソニアこそ、よく見つからなかったわね」
「ええ、村の人たちが、ここへ隠れているようにと仰るものですから、こうしていたのですが……」
ソニアは煤で汚れて、すっかり真っ黒になっていた。その彼女を見てルーディリートは吹き出す。互いの無事を確認して、安心した心が弾けたのだ。
「今日は貴女から湯浴みすればいいわ」
「姫様、しかしそれでは……」
ソニアは狼狽したような声になる。しかしルーディリートはにっこりと微笑んだだけで、彼女の懸念を柔らかく押し止めた。
「その格好では、折角の食事にも煤が入ってしまうでしょ?」
聞きようによっては意地悪に聞こえないこともないが、幸いソニアとは長い付き合いだ。ソニアは主の指示に従って、煤で汚れた身体を家の中のどこにも擦れさせないようにして、裏手へと出て行った。
「それでは姫様、先に頂きます」
「念入りにね」
笑みを含んだ声で言われては、ソニアに返す言葉はない。彼女を湯浴みへと送り出したルーディリートはアリーシャを連れて表に出た。右手には籠を携えている。
「ソニアは暫く手が空かないから、母様と一緒に薬湯を作る準備をしましょうね」
「はぁい」
籠の中から薬草を取り出し、簡単に水洗いして、汚れやゴミを取り除く。それを今度はザルの上に置き、日陰でジワジワと乾燥させるのである。その作業の準備をルーディリート母娘は談笑しながら進めた。その作業を終えて、ザルに並べた薬草を乾燥室へ持ってゆく。乾燥室へザルごと入れてキチンと鍵を掛ける。
「これでいいわね。後は四日ほど経てば充分に乾いてるだろうから」
ルーディリートは嬉しそうに呟くと、アリーシャの手を引いて表へ戻った。




