訪問
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「そこのご婦人」
声をかけられてルーディリートは卒倒しそうになった。その声は、紛れもなく彼女の兄の声だったからだ。顔を上げて確認したくなる衝動を抑えて、彼女は俯いたまま更に深く頭を下げた。その彼女の目の前に声をかけた彼が立つ。ルーディリートには彼の足が見えるだけだ。膝から上は見たくても顔を上げられない。
「つかぬ事を伺うが、この辺りでソニアと言う女性を見掛けなかったか?」
「……知りません」
ルーディリートは、故意に潰れたような声を出した。素の声を出しては正体がバレると考えたからだ。
「申し訳ありません、風邪をひいておりまして……」
「ああ、そうか。それはまた難儀な事だな」
顔を上げずに応対する彼女はしかし、早く彼に通り過ぎて欲しいと切に願っていた。けれども長が通り過ぎようとする気配はない。
「この籠の中のものは……、サライナスの花か。心を落ち着かせると共に、解熱作用もある薬草だな?」
長の声は穏やかで、落ち着いている。しかしその落ち着いた素振りがルーディリートを不安にさせていた。脂汗がにじむような気持ちになる。
「妹が好んで煎じていたな。あまり人前では飲まなかったようだが、ソニアに聞いたことがある。妹に贈り物をしようとした時に尋ねたら、この花を真っ先に挙げて……」
長の話は止めどなく続く。ルーディリートは半ば聞き流しながら、それでも要点だけは押さえようと耳を傾けていた。
「……あれほど可愛がった妹も、今や病に倒れ、帰らぬ人となった。せめて死に顔だけでも見たかったが、それすらも叶わず、人知れずどこかで眠っているとか……。もしも願いが叶うならば、今、目の前に妹を連れて来て欲しいものだ」
長の嘆きを知り、ルーディリートは硬直していた。七年という月日は、おおよその事柄を忘れるに足る年月だと思っていたのだが、あにはからんや彼は思慕の念を更に募らせている。ましてやその彼の願いが、実は叶っているなどとは口が裂けても言えない。
「その妹の墓を、ソニアが守っているはずなのだ」
「左様でございますか」
兄がソニアを探している理由を知って、ルーディリートは早く自宅へ戻りたいと気が焦る。だが兄に立ち去る気配はない。
「こちらは娘さんかな?」
話題を変えようと思ったのか、アリーシャの方へ手を伸ばす長。ルーディリートは反射的に抱いていた腕に力を入れた。
「名は何と言う?」
「アリーシャ!」
元気の良い声で答えるアリーシャ。ルーディリートは早鐘のように鼓動を打つ心臓を、抑えられずにいた。長が一歩踏み出す。
「元気の良い子だ。母をよく助けるのだぞ」
「はい!」
笑みを含んだ語気。その彼の許へもう一人の人物が近づいて来る。
「長よ、そろそろ出立なさいませんと、今宵、泊まる宿へは到着できませんわよ」
「そうか、それでは参ろうか」
近づいて来た女性の語気は尊大なものだった。そしてその声の主もルーディリートには心当たりが有る。エリス、長の正室の座を得た彼女は、今も彼の横にいるのだ。




