表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/56

訪問

毎朝8時に更新。

「そこのご婦人」

 声をかけられてルーディリートは卒倒しそうになった。その声は、紛れもなく彼女の兄の声だったからだ。顔を上げて確認したくなる衝動を抑えて、彼女は俯いたまま更に深く頭を下げた。その彼女の目の前に声をかけた彼が立つ。ルーディリートには彼の足が見えるだけだ。膝から上は見たくても顔を上げられない。

「つかぬ事を伺うが、この辺りでソニアと言う女性を見掛けなかったか?」

「……知りません」

 ルーディリートは、故意に潰れたような声を出した。素の声を出しては正体がバレると考えたからだ。

「申し訳ありません、風邪をひいておりまして……」

「ああ、そうか。それはまた難儀な事だな」

 顔を上げずに応対する彼女はしかし、早く彼に通り過ぎて欲しいと切に願っていた。けれども長が通り過ぎようとする気配はない。

「この籠の中のものは……、サライナスの花か。心を落ち着かせると共に、解熱作用もある薬草だな?」

 長の声は穏やかで、落ち着いている。しかしその落ち着いた素振りがルーディリートを不安にさせていた。脂汗がにじむような気持ちになる。

「妹が好んで煎じていたな。あまり人前では飲まなかったようだが、ソニアに聞いたことがある。妹に贈り物をしようとした時に尋ねたら、この花を真っ先に挙げて……」

 長の話は止めどなく続く。ルーディリートは半ば聞き流しながら、それでも要点だけは押さえようと耳を傾けていた。

「……あれほど可愛がった妹も、今や病に倒れ、帰らぬ人となった。せめて死に顔だけでも見たかったが、それすらも叶わず、人知れずどこかで眠っているとか……。もしも願いが叶うならば、今、目の前に妹を連れて来て欲しいものだ」

 長の嘆きを知り、ルーディリートは硬直していた。七年という月日は、おおよその事柄を忘れるに足る年月だと思っていたのだが、あにはからんや彼は思慕の念を更に募らせている。ましてやその彼の願いが、実は叶っているなどとは口が裂けても言えない。

「その妹の墓を、ソニアが守っているはずなのだ」

「左様でございますか」

 兄がソニアを探している理由を知って、ルーディリートは早く自宅へ戻りたいと気が焦る。だが兄に立ち去る気配はない。

「こちらは娘さんかな?」

 話題を変えようと思ったのか、アリーシャの方へ手を伸ばす長。ルーディリートは反射的に抱いていた腕に力を入れた。

「名は何と言う?」

「アリーシャ!」

 元気の良い声で答えるアリーシャ。ルーディリートは早鐘のように鼓動を打つ心臓を、抑えられずにいた。長が一歩踏み出す。

「元気の良い子だ。母をよく助けるのだぞ」

「はい!」

 笑みを含んだ語気。その彼の許へもう一人の人物が近づいて来る。

「長よ、そろそろ出立なさいませんと、今宵、泊まる宿へは到着できませんわよ」

「そうか、それでは参ろうか」

 近づいて来た女性の語気は尊大なものだった。そしてその声の主もルーディリートには心当たりが有る。エリス、長の正室の座を得た彼女は、今も彼の横にいるのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ