訪問
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「私はあの頃は世間知らずで、男女の事柄なんて何も知りませんでしたから」
「それでも……」
「でも、幸せなんです。アリーシャがいてくれれば。その子が、私とあの人の愛の結晶だから。私の唯一の心の支え……」
ルーディリートは伯母の言葉を遮って、愛おしそうに我が子の顔を眺めた。伯母の腕に抱かれて眠る彼女は父親似だ。それは父親の産みの親が言うのだから間違いない。つまりはファルティマーナにしてみれば、孫なのである。
「……そこまで言うのでしたら、連れて帰る訳には参りませんわね。分かりました、また折りを見て来ましょう。その時には一緒に城へ戻って頂きますからね」
「多分、ご期待には添えないと思います」
ルーディリートは申し訳なさそうに返した。けれども伯母が気にしている様子はない。
「貴女は必ず戻って来ます。それだけは断言できます」
ファルティマーナはそれだけを言い置いて踵を返す。彼女の出て行った後をルーディリートはじっと見詰めていた。その彼女に、アリーシャを抱いたソニアが近づく。
「どう言うことでしょうか、随分と自信がありそうでしたし、それにどうしてそこまで姫様に拘るのでしょう?」
「理由は分かってるわ。でも、これは貴女には話す訳にはいかないの。私がこの理由を話せるのは、長だけ……」
「そうですか……。そのような理由があるのでしたら、私はそれ以上はお聞きしません」
ソニアは自らの職分を越えてまでは詮索しない。ルーディリートはそれが嬉しくもあり、寂しくもあった。最も身近にいる人間に悩みを打ち明けられない、相談できないと言うことは心に負担を与える。そしてルーディリートは自らが精神的に強いと思ったことはなかった。
「姫様、御用がありましたら呼んで下さい。食事の用意を致します」
ソニアが出て行ってしまうと、部屋の中はルーディリート母娘だけになる。
「アリーシャ、貴女だけは、守りますからね」
彼女にとって娘は、その存在全てを賭けてでも守り抜くべき者になっていた。
「せめて、貴女にだけは、先見の能力が受け継がれていませんように」
伯母が求めるのは、まさにそれであった。先見の巫女は彼女しかいない為、彼女が城に戻らない限りは先見の巫女が一族から失われてしまう。そうなれば一族の未来に暗雲を残すのだが、彼女には城に戻る勇気がなかった。
そもそも一族の存亡は彼女に責任はない。しかし、それで頭を悩ませる人物を思い描いた時、彼女の胸は締め付けられるように痛んだ。
「戻らないって、決めたもの……」
目尻から流れ落ちる熱い滴を、彼女はどうすることもできなかった。




