訪問
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〈訪問〉
狭い部屋の中で一人の女性が呻いていた。銀色の髪を振り乱し、激痛に耐える。
「頑張って下さい、後もう少しですから!」
「う、ああ!」
最後の力を振り絞ると、彼女を苦しめていた存在は彼女の身体から抜け出した。
「姫様、女の子です」
「そう、……やっぱりね」
玉の様な汗を額に浮かばせたまま彼女は、ホッとしたような寂しげな笑みで呟いた。母となった彼女は、湯浴みして綺麗になった我が子の顔を見せて貰う。
「ふふ、あの人そっくり」
「そうですか? 私は姫様に似ていると思いますけど?」
「間違いなく父親似よ、この子は」
我が子を抱える女性に、彼女は優しい笑みを見せた。今までの苦労が報われた事に対して非常に喜んでいる。
「お子のお名前は決めてありますか?」
「名前……」
母になった女性は暫く考え込んだが、良い名は思い浮かびそうにない。
「ファルティマーナ様に相談すれば良かったわね」
「いらっしゃいますよ」
彼女がそう告げるや、部屋の中に更に女性が入って来た。二人でも狭く感じる部屋に三人目の入室とあっては、ますます窮屈になる。しかし、そのような事は気にしていられる状況ではない。
「ファルティマーナ様!」
「ルーディリート、気遣いは無用です。それよりも、この子の名は決まりましたか?」
「いえ、それは……」
彼女は入って来た伯母に対して口籠もる。ファルティマーナはにっこりと微笑んだ。
「それでは、わたくしが名付けましょう」
生まれたばかりで、あらゆる可能性を秘めた赤ん坊を見て、彼女は目を細めた。
「アル……、アイシャ……、そうね」
古い言葉を幾つか口の中で繰り返していた彼女は、最後に頷いた。
「アリーシャ、と名付けましょう。フルネームは、アリーシャ・ヴェルロサリア・アーフリアノールね」
「ファルティマーナ様、それは!」
ルーディリートは驚いた。名付けの法則からすれば確かにそうなるが、それでは父親が誰であるのか、ほとんどの者に知られてしまう。
「気にすることはありません。わたくしと同じで問題がありますか?」
ファルティマーナの落ち着き払った態度に、ルーディリートも安堵する。
「ご配慮、感謝します」
頭を下げた彼女に、伯母は言葉を続けた。
「ところでルーディリート、やはり城には戻りませんか?」
「それは、何度来られても同じです。私は戻るつもりはありません。それに、この子も産んでしまった今となっては……」
彼女は母の里へ来ていた。城内で出産できないことはないが、そうすれば父親探しの厳しい追及があるのは明白で、それを避ける為に逃げて来たとも言えなくはない。
「そう……、あの子も寂しがっているのですけれど……」
伯母の沈んだ声に、ルーディリートは言わんとするところを察して顔色を変えた。
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