戴冠式
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それから幾日か過ぎたある日、ルーディリートの許にソフィアルテからの呼び出しがかかった。
「ソフィア、ルテ……?」
「ファルティマーナ様のことです。エリス様は未だソフィアとしての責務を果たすことはできないでしょうから、指南役として残っておられるのです。それがソフィアとしては最後のお務めだとか」
侍女の説明を受けてルーディリートは困惑顔になった。恐らく戴冠式にいなかったことを問い質されるのだろう。それを思うと憂欝になる。
「ソニア、私は気分が優れないから、誰とも会えないと言っておいて頂戴」
「姫様、それは……!」
「いいの、しばらくは誰にも会いたくないわ。それに誰かに本当のことを話してしまっては、一族に不安を与えてしまうでしょ? 私が締め出されていたと知ったら、お兄様もファルティマーナ様も黙っていられる方ではありませんから」
「畏まりました。使いの者には上手く言い繕っておきます。どうかご安心してお休み下さいませ」
「ソニア、いつも悪いわね」
「いいえ、私は姫様のお役に立てるのが嬉しいのです」
ソニアの微笑みは真からのものであるらしい。忠義を尽くしてくれる彼女に、ルーディリートは申し訳ない気持ちになった。
「それでは寝台で横になっていて下さいませ。元気に椅子に腰掛けていらしては、すぐに露見してしまいますから」
「そうね」
ルーディリートは寝台に横になる。目を閉じて今までのことを思い返していた。母が亡くなり、ファルティマーナの許へ引き取られた事。兄や姉に出会った事。それから巫女の修業を重ね、先見の能力を開花させた。巫女として初めて務めたその夜、純潔を失った事。想いを遂げたあの時、この未来を見通していたはずだった。だから悲しいはずはない。それなのに。
「どうして、涙が溢れるの?」
覚悟を決めていたのではないか。この日に涙を流さないように、それまでに枕を濡らした夜は何だったのだろう。兄の顔が彼女の目蓋の裏に幾つも見える。真剣な眼差し、優しい笑顔、そして悲しい顔。その全てが彼女の心を押し潰そうとする。
「私は、お兄様を裏切ったのよ……」
戴冠式の最中に席を離れたのは不可抗力だったとは言え、兄にしてみれば彼女の方が裏切ったように思っていたとしても仕方のない事だろう。その事が彼女の心を責めたて、そして暗い領域へと誘う。いっそのこと姿を消してしまいたかった。




