別れ、そして出会い
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「長の表敬である」
扉の向こうから声がした。侍女たちが扉の前に傅くと、ソニアがその扉を開ける。先頭に長、即ちルーディリートの父親が堂々とした足取りで入って来た。その後ろから若い男性が続けて入り、ソフィアと見慣れない金髪女性、更に少女が入って来る。
「ルーディリートよ、新しい部屋はどうだ?」
父から尋ねられても、彼女は答えなかった。状況を理解していないのだから、答えようもないが。ソニアが機転を利かせて、代わりに答える。
「誠に恐れながらも、長様に申し上げます。ルーディリート様はこちらに到着なさって以来、大いにご満悦の様子。長様のお心を煩わすことは、何一つございませんかと思い、僭越ながらも述べさせて頂きます」
「そうか、それは何より。だが、幾分か緊張しておるようだな。あの鈴のような声が聞きたかったのだが、仕方あるまい。これからは若年ながらも公の場に立つこともあろう。今のようによく補佐してやってくれ」
「有り難きお言葉、感謝の念で一杯でございます」
ソニアは深々と頭を下げた。普通ならば出過ぎた行為として一喝されるのだが、仕える主が幼い為に、大目に見て貰えたのだ。
「さて、本来ならば一巡りせねば行わぬのだが、今回は急なこと故、多少早いながらも、兄弟たちを紹介しておこう」
長の声に従うように、ソフィアと、もう一人の成人女性が前に進み出た。
「こちらはルーディリートも知っての通り、ソフィアこと、ファルティマーナだ」
ソフィアは微笑みを浮かべて軽く頭を下げた。それに対してルーディリートも応える。
「そして、こちらがカミナーニャ、お前の母と同じく、私の妻だ」
目付きの鋭い金髪女性が婉然と微笑んだ。その彼女たちの隣に、少年と少女が進み出る。
「息子のランティウス。ルーディリートにとっては兄になる。ソフィアの息子だ」
既に一人前に近い風貌を漂わせている彼は、銀色の髪を短く刈り込み、その身には黒を基調とした防御服を着用している。スラリとした身体は程よく鍛えられているのだろう、身のこなしには隙のようなものはなかった。顔立ちは母親似で、ルーディリートとも似通っている。
「こちらがエリス。やはり姉になる。カミナーニャの娘だ」
彼女は未だ少女としてのあどけなさを残しているが、やや冷たい印象を抱かせる。その切れ長の目と金髪は、明らかに母親譲りだろう。
「それでは……」
「父上」
長が何か言うより早く、ランティウスが口を開いた。
「聞けば荷物を侍女たちが運び込むとのこと、このランティウス、勝手ながらその指揮を執りたいと願います」
「ほう……」
長は、目の前にいる息子の目の奥を覗き込んだ。黒く澄んだ瞳には邪気は感じられない。
「良かろう、後には嫌でも人を動かさなければならぬ身だ、その練習をしておくが良い」
長は大きく頷いて彼の進言を了承した。
「では、ランティウスはここに置いてゆく。ルーディリートよ、この兄に何でも頼むが良いぞ」
マントを翻して、長は出て行った。その後ろに粛々とカミナーニャ母娘が連れだって出て行く。ソフィアが出たのを最後に、扉が閉じられた。