戴冠式
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〈戴冠式〉
年が明け、一族にとって重要な日にちがやって来た。セントクライス城内は慌ただしく人々が行き来している。優に千人を収容できる中央広間では多数の神官や巫女たちに依って、清めの儀式が行われていた。
「姫様」
栗色の髪の女性が、口元を抑えている銀髪の女性に声を掛ける。銀髪の女性が振り返った。
「どうしたの、ソニア?」
「姫様、やはり具合がよろしくないのですか?」
心配そうに眉をひそめるソニアに、彼女は笑顔で答える。
「そんなことないわよ、大丈夫」
「ご無理はなさらないで下さい」
「分かってる」
努めて笑顔を振りまく彼女に、ソニアは不安なものを感じていた。
「それよりも、お兄様はどうしているのかしら?」
「ルーディリート、こちらでしたか」
不意に背後から声を掛けられる。振り返った先には、純白の衣裳を纏い、手に銀製の錫杖を持つ女性がいた。
「ソフィア様」
ランティウスの母にしてルーディリートの伯母である彼女は、婉然と微笑みを浮かべながら近づいて来る。
「ルーディリート、今日は貴女にとっても重要な日。そのような有様では選ぶに選べないかも知れなくてよ」
「え? あ……」
指摘されて自らの姿を改める。普段着に少し毛が生えた程度の彼女は、確かにその辺りにいる女官と比べても遥かに見劣りしてしまう。そもそも侍女であるソニアよりも地味な服を着ているのであるからして、指摘を受けても当然と言えば当然だった。
「もう少し、衣装へも気を遣いなさいね」
「はい、気を付けます」
ルーディリートは素直に頭を下げていた。実の母が他界して以来、ソフィアには世話になっている。長の正妻であると言う立場と、伯母である血縁を抜きに考えても、彼女への恩は有り余る。自然と頭も垂れよう。
「それはそうと、あの子とはいつから、そういう約束を?」
「え? それは……」
ソフィアから質問を受け、ルーディリートは赤面して俯いた。よくよく考えるとその約束はいつからなのかハッキリとしない。彼は事あるごとにそれをちらつかせていたし、そもそも最初の出会いの時から、いろいろと便宜を図っている。薔薇の件もあった。よくよく思い返してみると、明言されたのはつい最近だった。
「四ヶ月ほど前です」
「あら、意外と短いのね。私はもっと以前からだと思っていましたけれど、あの子、貴女に対しては奥手だったのかしら?」
ソフィアは首を傾げた。しかしその言葉の意味をルーディリートは穿ってしまう。
「それでも、以前からそのような話は時折聞かされておりました。明言されたのが四ヶ月前と言うだけで、恐らく気持ちの上では、もっと以前からだと思います」
ルーディリートはむきになる。そうでもしないことには心の中のモヤモヤが晴れそうにない。そのような彼女の気持ちを察したのかどうか、ソフィアは微笑みを崩さず柔らかな口調で話した。
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