契り
平日毎朝8時に更新。
「それで、今日のご用件は?」
「これをお前にと思ってな」
ルーディリートの問いに、彼は髪飾りをテーブルの上に置いた。
「そして喜ぶ顔が見たい」
兄は臆面もなく答え、彼女の顔を正面からじっと見据える。至近距離から見つめられて、心無し妹の頬は紅くなった。
「お兄様ったら……」
流石にここまで露骨にやられては、彼女も折れざるを得ない。溜め息をついて卓上に肘をつく。巫女としての仮面を脱いで、素に戻ったのだ。
「全く、私の顔ぐらい、明後日から毎日見れるでしょ? それともお兄様は、私を選ばないおつもりなのかしら?」
「お前以外の誰を選ぶと言うのだ! 私は……」
「分かってるわよ、お兄様」
笑いながら兄の言葉を遮る。兄は本気で焦ったようだった。
「悪い冗談を言うな」
「だって、先にお兄様が意地悪するんですもの」
ルーディリートは唇を尖らせて俯いた。それから上目遣いで彼を見る。ランティウスは彼女の機嫌を取ろうと慌てた。
「す、すまない。私が悪いのだな。だから、そういじけずに……」
「お兄様」
なだめようとした兄をルーディリートは軽く睨みつける。
「長になろうお方が、そのような弱気でどうするのですか? もっとビシッと……っ」
説教を始めた彼女ではあったが、その唇は柔らかな物体で塞がれる。それが兄の唇だと理解できたのは、離れた後からだった。
「ルー、愛してるよ」
「だ、誰か来たら、どうなさるおつもりですか?」
優しい瞳で見つめられた上、今の行動を思い返しルーディリートは顔から火が出るほど恥ずかしくなった。
「私は困らないぞ。お前を指名するのは揺ぎないからな」
「そ、そうだとしても……」
彼女は気持ちを落ち着けようと深呼吸する。
「……、ここまでなさって、指名して下さらなかったら、一生お恨み申し上げますからね」
「バカを言うな。私が指名しないとでも、思っているのか?」
「さあ、殿方の心が移ろい易いものだと言うことは心得ておりますし、それとも私の方がお兄様に愛想を尽かせるのかしら?」
軽快に笑ってルーディリートは目の前の兄の反応を窺った。案の定、兄は憮然とした表情で、彼女を見つめている。
「冗談が過ぎるぞ?」
ランティウスは立ち上がると、妹に歩み寄った。
「お兄様、何を?」
ルーディリートは身の危険を感じて腰を浮かす。その彼女を兄は抱き締めた。
「ルー……」
「ダメよ、お兄様。誰か来たら……」
「心配無用だ。不在表示のままだからな」
「ズルイ」
彼の腕の中で身を固くしていた彼女も、身体の力を抜いた。
「必ず、指名して下さい」
「心配するな。私には、お前しかいない」
「信じます、その言葉と想いを」
強く抱き締め合って、二人は互いの気持ちを確かめた。口付けを交わして、兄は部屋を後にする。扉が閉まる音を聞いて、彼女の目尻からは涙が零れ落ちた。
「ごめんなさい、お兄様」
未来は彼女の心を押し潰す寸前だった。
次回更新は4月6日です。
姉妹作品もよろしければご一読下さい。




