契り
平日毎朝8時に更新。
それから三ヶ月後、生輪の月初め。クライス城は異様な熱気に包まれる。奉納の舞いという、その年最後にして最大の祭りが開催されるのだ。その舞台は城の中庭に設営されていた。踊り手は未婚女性たちで、その中には神官着をまとったルーディリートも含まれていた。
「お兄様……」
舞う彼女の視線の先には、舞台下に腰掛けるランティウスがいた。今回の奉納の舞は彼の帰還祝賀も兼ねている。危険な任務を完遂して無事に帰還した彼は、長を継ぐ者としての能力を認められたのだ。その彼の横にはエリスがいる。
「お兄様、ルーは……」
彼女は舞いながら、舞台下の兄へ視線を注ぐ。見上げていた彼と、視線が絡まった。しかし、すぐにその視線は外される。隣のエリスから酌されたのだ。その様子はルーディリートの心に、どす黒い感情を湧き起こさせた。
「ルーは、お兄様が、欲しい!」
気持ちが爆発的な感情となって全身を駆け巡る。彼女は舞台の上で、腰からへたりこんだ。
「ルー!」
杯を投げ棄てて、真っ先にランティウスが彼女に駆け寄る。それでルーディリートは安心して、気を失った。暗転する意識の中で彼女が感じたのは、不思議な浮揚感だけだった。
「ルー……」
「姫様」
眼を開けると、目の前に愛しい者の顔が見えた。
「お兄様?」
「良かった、気が付いたか」
安堵の溜め息を漏らして、彼は椅子に座り込んだ。その反対側にはソニアがいる。室内の調度品は見慣れた品々ばかりであるから、自室に運ばれたのだとルーディリートは判断できた。
「ソニア、今どのくらいかしら?」
「今は、日も暮れ、寝るには少しばかり早い時間帯でございます」
「そう……」
視線を感じてそちらに目を動かすと、心配そうな兄と目が合った。それだけでも、胸が締め付けられるように痛くなる。
「ソニア、席を外して貰えるかしら? お兄様と二人で話がしたいの」
「畏まりました」
ソニアは不可解な気持ちを感じたものの、侍女としての務めを優先させた。言われた通りに席を外し、控えの間に通じる扉も閉じる。
「ソニア、ありがとう」
聞こえるはずもない彼女に謝辞を送った。それから兄へ視線を移す。
「ルー、話とは?」
「顔を近づけて」
尋ねかけた兄に要望を伝えると、彼はためらいなく顔を近づけて来た。その首筋にルーディリートは腕を回すと、静かに唇を重ね合わせる。
「欲しいの……」
熱い吐息を漏らして、彼女は兄にそう告げた。見る間に彼の顔色は変化する。明らかに狼狽した表情だ。その彼を彼女は上目遣いに見つめる。
「いいでしょ? 私はもう、お兄様のものよ」
「ルー、いいのか?」
「いいの、私……」
言い終わらない内に、彼女の言葉は遮られる。済し崩し的に二人は一つになった。
「ありがとう、お兄様」
「ルー……」
事を終えて、満足気に微笑む彼女の髪を、ランティウスは優しく撫でた。妹の髪は何の引っ掛かりもなくサラリと流れ、彼の指に心地好い感触を残す。
「お兄様、大好き」
余韻に浸るように彼女は兄の胸に顔を埋めた。
「ルー、戴冠式には必ず出席してくれ」
「それって?」
「必ず指名する。だから約束だ」
「うん、必ず行くわ。約束ね」
ルーディリートは視界がぼやけるのが分かった。瞳から熱い雫が零れ落ちる。嗚咽が漏れそうになるのを彼女は必死で堪えようとした。けれどもそれは収まらない。いつしか彼女は、兄の胸の上で泣いていた。




