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契り

平日毎朝8時に更新。

 次に気がついたのは夜半を回った頃だった。何やら違和感を覚えたのだ。

「……、何?」

 誰かが彼女の寝台の中に潜り込んでいた。ルーディリートは嫌悪感から身を捩って抵抗を試みる。

「やめて!」

「ルー、私だ」

「お兄様?」

「そうだ」

「お兄様が、どうして?」

 どうして兄が彼女の寝床にいるのか、起き抜けの頭では理解できない。抵抗力が弱ったところで、兄の手が彼女の身体に触れる。

「ルー、私は、お前が好きだ」

「好き……?」

「許せ」

 突然のことに彼女は対応できない。ルーディリートは硬直して、させるがままだった。何が何だか理解できない。ただその感触に嫌悪感を示す。

「や、やめて!」

「ルーは私を嫌いなのか?」

「いいえ、お兄様は好きよ。でも、それにしてもこんな……。私は巫女なのよ?」

「ルー……」

「それに、私たちは……!」

 続けようとした妹の唇を兄は強引に塞いだ。熱い吐息が交じり合う。ルーディリートは、もうどうにでもなれと言う心境になってしまった。思えば彼女も兄を好きなのだ。そして昼間の預言が正しければ、兄の想い人は彼女となる。

「ん……」

 ルーディリートは頭の中が真っ白になった。

「許して……」

 目尻から滴がこぼれる。兄は彼女の柔らかな髪の毛を撫でていた。

「ルー……」

「何も言わないで、お兄様」

 彼女は呟くように絞り出す。下腹部には引き裂かれたような痛みのみがあった。

「私は幸せよ。お兄様を好きだから」

「必ず指名する。待っててくれ」

 口付けを交わすと、ランティウスは身嗜みを整えて部屋を出て行った。

 兄が出て行った後、ルーディリートは激しい不安に襲われる。

「お兄様、私は……」

 彼女は自らの行く末を見てしまったのだ。もう兄妹という関係だけではない彼と、自らの未来を。

 それから数日して、彼女の巫女部屋に兄が訪れていた。

「お兄様、行ってしまわれるのですか?」

 切羽詰まったような口調でルーディリートは詰め寄った。彼は憎らしいほど冷静な態度で答える。

「ルーよ、これは一族の使命なのだ」

「行かないで下さい」

 髪を振り乱して、彼女は兄にしがみついた。その彼女の後頭部をランティウスは優しく撫でる。

「必ず帰って来る」

「私も共に行かせて下さい」

「ダメだ。地上に出れば、そこは天使たちの監視の場だ。私一人ならばどうにか身を護ることもできるが、お前まで守れるかどうかは、自信がない」

「それでも構いません」

「ルー」

 ランティウスは彼女を引き離して、その細い肩を掴んだ。彼の黒く澄んだ瞳は真直ぐに、彼女の瑠璃色の瞳を射貫く。

「私にお前を失えと言うのか? どうして私のこの気持ちを分かってくれないのだ」

「分かりません。分かりたくもありません。どうしてお兄様の為に働く事を許して下さらないのですか?」

「ルー、待っててくれ。それが私の気持ちだ」

 そう言って彼は妹の唇に軽く触れると、身を翻す。引き止めようと伸ばされた彼女の手は、届く目前で扉に阻まれた。廊下に響く足音が遠去かるのを虚ろに聞くだけだ。

「お兄様……、ランティウスお兄様、私の気持ちは、どうなるのですか?」

 目尻に溜めた熱い雫をこぼすまいと、彼女は歯を食い縛った。純潔まで捧げ、心も許した相手だ。その彼が任務とは言え、数ヶ月間も城を離れるのだ。当然、その任務には危険も伴っている。無事に帰って来てくれるのならば良いが、もしものことを考えると気が気ではない。互いの気持ちを確かめ合ったとは言え、未だに流動的である不安を考えると、彼女は待つだけでは耐え切れそうになかった。

「貴方にとって、長の地位はそんなに大切なのですか? 私は長になる貴方を愛したんじゃありません。私は、お兄様自身を愛してる、何の地位もなくていい、そのままのお兄様を……」

 両手を組んで目を閉じる。そして祈った。兄の無事をひたすらに祈った。共に行くのは拒否されたのだから、できることと言えば祈るぐらいだ。無事を祈り、信じて待つだけ。閉じた目蓋の端から、雫が流れ落ちて行った。

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