契り
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〈契り〉
「本日、この時を以て、汝を巫女と認めます。民草の道を照らすべく励みなさい」
厳かにソフィアの声が響く。頭を垂れて跪いているのはルーディリートだ。
彼女は光の巫女として、巫女部屋を与えられる運びになった。部屋の中に入り、準備を進めていると不意に一人の男性がやって来る。彼女はにこやかにその男性、兄ランティウスを迎えた。
「よくぞ私の許へおいで下さりました。若年ながらも、誠心誠意努めてゆきたいと思っております」
「巫女よ、今日来たのは、貴女のその先見の能力を役立てて欲しいのだ」
「分かりました」
彼女は表向きには光の巫女であり、悩める人々の心に光を灯すことが求められている。それとは別に、長とソフィア、ランティウスの三人だけには彼女のその能力が知られていた。それは重要機密事項でもある。幾ら次期長のランティウスと言えども軽々しく質問を出すべきではないのだが、彼はそのようには考えなかった。
「私には想い人がいるのだが、想いは遂げられるのだろうか、神意を伺いたいのだ」
「分かりました、それでは早速お聞きして参ります」
ルーディリートは意識を集中させると、時の回廊を開いて彼の先を見ることにした。時によって変化するのだが、それは映像の場合もあれば、抽象的な言葉であることもあった。そして今回は預言という形で彼女の許にその神意が伝わって来る。
「汝の想いは今夜遂げられるであろう。即ち今宵その想い人の所に行き、真意を確かめるが良い。されども、汝らはけして許されぬ仲なり」
彼女の預言はランティウスにどのような影響を与えるのだろうか。彼は神妙な顔付きで数度それを口の中で繰り返すと、何やら頷いていた。
「お役に立てましたでしょうか?」
「……、うむ。巫女殿、礼を言うぞ。これで決心がついた」
晴れがましい表情になってランティウスは去っていった。ルーディリートは初めての訪問者が兄であったことを感謝する。幸先の良いスタートだと思ったのだ。
そしてその日は彼以外に訪問者は無かった。
「姫様、如何でしたか?」
「誰も来なかったわ。初日だから、仕方ないわね」
「左様ですか、それはこれから先が楽しみですわね。どなたが最初に姫様の許を訪れるのでしょうね?」
ソニアは彼女の言葉を信じ切っていた。寝間着に着替えながらの会話だ。
「そうですわ、姫様。今夜は私どもはおりませんから、何か御用がありましたら、ソフィア様のところへいらして下さい」
「あら、どうしたの、一体?」
「ええ、それがどうもよく分からないのですが、ソフィア様がお話があるとかで……」
「分かったわ、多分何も無いから、ゆっくりしてらっしゃい」
「はい、誠に申し訳ありません」
ソニアは頭を下げると、控えに戻って行った。
「そうか、誰もいないのか……」
ルーディリートは寝台に腰掛けて、物思いに耽った。預言が正しければ、兄が想いを遂げるのは今夜だと言う。もしかするとその預言を兄がソフィアに話して、それで侍女たちを集めているのかもしれない。
「誰なのかな?」
彼女は考えた。彼女の想い人は兄だ。それは誰にも話したことはないし、もちろん本人に告げたこともない。寝台に横になりながら、彼女は更に考えた。兄は彼女に対してよくしてくれる。それに青い薔薇の件もあった。あの花は愛しい者にしか贈らない物だとソニアから聞かされた覚えがある。それを考慮するならば兄は彼女を想っているのかもしれない。けれどもそれについては明言されたことはなかった。明言されてない以上、希望的観測を織り交ぜる訳にはいかないだろう。そのようなことを考えている内に、いつしか彼女は眠っていた。
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