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開花

平日毎朝8時に更新。

 ややあって、ルーディリートの(まぶた)が動く。高熱で焦点を失っているかのような視線は暫く彷徨(さまよ)った後、兄の顔に注がれていた。

「お兄様……?」

「そうだ、ルー」

「ダメ、早く出て行って。私の病気が(うつ)ってしまうわ。お兄様に、この病気は罹せない」

 絞り出すような調子で、彼女はそう告げた。その言葉にランティウスは少なからぬ衝撃を受ける。暫く考えがまとまらない。

「ソニア、お兄様を外へ。それと……」

 咳き込む。彼女はそれでも気丈に微笑みを浮かべた。

「元気になったら、お兄様のところへ伺います。ですから、それまではそっとしておいて下さい」

「……分かった。約束だからな」

「はい」

 ランティウスは渋々と立ち上がった。やや未練がましく手を離した二人は、それ以上言葉を交わさない。扉の前までソニアが送った。

「それでは、姫様はお任せ下さい。若君はお仕事に支障のございませんように。支障があっては姫様が悲しみます故に」

「……頼んだぞ」

 背を向け、部屋を後にするランティウス。その去り行く姿には、どことなく淋しさがつきまとっているようにも見えた。扉を閉じて、振り返ったソニアに主から声がかかる。

「ソニア、貴女たちも、私が呼ぶまでは向こうで待機していなさい。貴女たちまで感染させる訳にはいかないわ」

「姫様、何て勿体ないお言葉……」

「いいわね、貴女たちまで倒れる訳にはいかないのよ。それと、この部屋に来る人はみんな、医師以外は入れないで頂戴。城内に病気を蔓延させる原因を少なくしないとね」

「畏まりました」

 ソニアは深々と頭を下げると、他の侍女たちを連れて、控えの間へと下がってゆく。後にはルーディリートだけが残った。彼女は激しく咳き込み、寝台の上でのたうつ。

「母様……、貴女と同じ病気かもしれません」

 彼女は死を覚悟していた。自らが長く生きられないことは知っている。それは時空魔法を修得している途中で見た、未来の状況がそれを物語っていた。彼女の年老いた姿は見えなかった。しかしランティウスの子供の姿は見ることができたのだ。未来を垣間見ることは、時として悲しい結果も見なければならない。それでも兄の子供の姿を見れたのは彼女にとっては救いだった。

「お兄様、お幸せに……」

 目尻から滴が落ちる。身体が燃えるように熱い。悶え、のたうちながら、このような姿を他人には見せたくないと言う心が、彼女を一人にさせた理由だった。

『お兄様……』

 心の中で愛しい人の幸せをひたすらに願った。彼女にできるのはこれぐらいだろう。いつしかルーディリートは意識を失っていた。

 どのぐらい眠っていたのだろう。気が付くと誰かの荒々しい口調が耳に入って来た。

「……ですから、姫様の命令です」

 ソニアの声だ。相手は誰なのだろうか。扉の外から話しかけているような声は、間仕切りのカーテン越しではうまく聞き取れない。

「そのようなことを仰せられましても、私は姫様の命令を優先致します。あなた様も姫様が大切なのでしたら、どうか姫様の意思を尊重して下さい」

 会話の内容から察するに、この部屋へ入ろうとしている誰かを、ソニアは帰そうとしているらしい。それに対して相手も食い下がっているようだが、如何せんソニアには敵わないようだ。

「そうです、姫様の意思です。いくら若君でも、ここへお通しできません」

 若君と聞いた瞬間、ルーディリートは寝台の中で強張った。兄が来ているのだ。しかもソニアの口振りからすると、再三訪れたような感触を受ける。

「何度来られても同じです。医師が許可を下さらない限りは、私でさえも姫様に付けないのです。もしも貴方様に病気がうつりでもしたら、どうなると思っていらっしゃるのですか?」

 彼女の言葉は扉の外のランティウスばかりでなく、室内のルーディリートにも影響を及ぼした。彼女は兄に会いたい気持ちを押さえつける。

「それは、大丈夫です。はい、ですから回復次第、姫様はそちらに参ると思います。ご安心下さい、必ず回復致しますから」

 それから二言三言交わして、扉が閉じられる。ルーディリートは、それを確認してから上体をのそのそと起こした。

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