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開花

平日毎朝8時に更新。

「若君、医師をお連れ致しました」

 ソニアが女性医師を連れて戻って来た。彼女の後ろからやって来た医師は、素早くルーディリートの傍らへ飛んで来る。持参した鞄の中から診察用具を取り出し、それからランティウスの方へ視線を向けた。

「殿方は席を外して頂けますか?」

 やって来た医師は女性だ。ランティウスは、この場に於いては唯一の男子、席を外してくれと言われても仕方あるまい。

「しかし……」

「しかしも何もありません。妹君とは言え歴とした一人の未婚女性。その肌を殿方に晒す訳には参りません」

「それは分かっている」

 分かってはいるが、しっかりと手を握られており、離れられる状況ではない。無理に離すのも忍びなく、かと言って診断を遅れさせてもならない。ランティウスは、妹の手をそっと開かせて繋がっていた手を放した。

「それでは、よろしく頼む」

 彼は医師にそう告げて部屋の外へ歩を進めた。扉の前の廊下で佇む彼は気が気ではない。妹は高熱を出していたにも拘らず、彼の許を訪れたこともそうであったし、何よりその事を隠し通そうとしていたことも、彼の心中に暗い影を落とした。

「何故……?」

 何故、彼女はそれほどの無理をしてまで、彼の許を訪れたのだろう。兄妹だからか。

「違う」

 首を横に振って否定する。兄妹と言う間柄だけならば、そこまでする必要はない。彼を呼び出すか、文書で忠告するだけで充分である。では何なのか。

「ルー、私は……」

 次期長としての重責と、一人の男性としての心に挟まれる。軽々しいことはできないし、かと言って慎重に過ぎることも良くない。

「ルー、お前は何を思っているのだ?」

 女性の心を察することは、彼にとって難題だった。否、彼に限らずほとんどの人々にとって、他人の心中を察するのは難しいだろう。などと考えている内に扉が開き、医師とソニアが出て来る。

「それでは、くれぐれも注意するように」

「はい、分かりました。」

 医師から何事か言われて、ソニアは頷いていた。ランティウスは部屋に戻る彼女と、廊下を歩み去る医師を見比べ、医師の後を追った。

「少しいいか?」

「何の御用でしょうか?」

「ルーの容体なのだが、どうなのだ?」

 廊下の途中で立ち止まり、会話を交わす。医師はその黒髪を跳ね上げた。

「現在の容体は、予断を許しません。高熱が続いておりますし、何よりも疲労が溜っています。流行性感冒に感染していて、状況は楽観できません」

「それで?」

「ひとまず、解熱剤を投与しましたが、それもいつまでもつか。後は患者の体力と、我々が努力するだけです」

「そうか……」

 話を聞く限りに於いては、かなりの重症のようだ。ランティウスは医師に短く感謝の言葉を述べると、すぐさま妹の部屋に引き返した。ノックしてから部屋に入る。

「若君」

 ソニアが彼の目の前に立ちはだかった。

「お引き取り下さい。姫様に会わせることはできません」

「何?」

 突然、そう言われても納得できるはずもない。彼は眉根を寄せた。

「それは、どういうことだ?」

「若君にも感染する可能性があります。そのお体にもしものことがあっては、我が一族は大変な混乱に遭遇することでしょう。これは一侍女としては出過ぎた行為かもしれませんが、何とぞお聞き届け下さい」

「構わぬ。ルーの病いが罹ったぐらいでとやかく言う私ではない。それよりも今のルーには私が必要なのだ」

 彼はソニアの制止を強引に振り切って、妹の側に行く。案の定、ルーディリートはうわ言で彼を呼んでいた。

「ルー、安心しろ。私はどこにも行かない」

 額を撫で、それからその手を握る。その彼らの様子を見ていたソニアは、それ以上は何も言えなくなってしまった。この二人の間を引き裂くような、不粋な行為をする権利は誰にもないのだ。

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