開花
平日毎朝8時に更新。
「何用ですか?」
カウンター越しに、侍女が尋ねかけてくる。ルーディリートはフラフラながらも、しっかりした口調で返した。
「ルーディリートです。ランティウス様にお取り次ぎ願えますかしら?」
「ルーディリート様ですね。畏まりました、お待ち下さいませ」
頭を下げて奥へ向かう侍女を見送りながら、彼女は近くの椅子へ腰掛けた。もう立っているのも、やっとなのだ。ややあって侍女が戻って来る。
「お会いなさるそうです。こちらへどうぞ」
侍女に連れられて奥の間に通される。受け付けじみた先程の部屋とは違い、ここは応接間なのだろう、調度品が格段によい物を使っていた。ルーディリートは柔らかなソファに崩れるように座る。
「こちらでお待ち下さい、すぐに参ります」
辞儀をすませて、侍女は先程の部屋へと戻っていった。それと入れ違いになるように、一人の男が姿を現す。黒く澄んだ瞳を見て、彼女は心に安らぎが広がるのを覚えた。
「どうしたのだ?」
目の前に腰掛けた彼を見て、彼女は頭がぼうっとして来るような気がした。これは朝から続く倦怠感や熱のせいばかりではあるまい。
「お兄様……」
言葉が続かない。何から話せば良いのか、考えをまとめて来なかったのもある。
「済まないが、あまり時間は取れない。出来得る限り手短に頼む」
ランティウスは申し訳なさそうな表情をして軽く頭を下げた。
「信じて頂けるかどうか、分からないのですけれども……」
ルーディリートは今朝見た夢について、かい摘んで話し出した。それは彼の命を狙う不穏な人物がおり、三日後に迫る彼の成人の儀をその実行日にしているという内容だった。彼が傷つき倒れる場面があった為、そうなって欲しくない彼女は無理を押してここに来たのだ。兄は真剣な眼差しを向けたまま、黙って一部始終を聞き終えた。
「分かった。忠告感謝する」
「くれぐれもお気を付け下さい。ルーディリートはお兄様のご無事を祈っております」
「ああ、お前もあまり無理はしないようにな」
兄にそう言われて彼女は微笑む。立ち上がって出口に向かう彼女の後ろを、兄がついて来た。彼女は扉を開けようと手を伸ばす。そこで緊張の糸が切れた。
「あ……」
「ルー!」
膝から崩れるようにして倒れる。いや、倒れかけた。彼女の身体を兄の腕が支えたのだ。その彼の手に物凄い熱が伝わる。
「お前、凄い熱じゃないか!」
「バレちゃった……」
「お前……」
「ゴメンね、お兄様……」
それだけを言うのが精一杯だったのか、彼女は兄の腕の中で意識を失う。ランティウスは妹の身体を抱え上げると、部屋を飛び出した。
「ランティウス様、どちらへ!」
侍女が何か言ったようだが、そのようなことは気にせず、彼は全速力で廊下を駆け抜けた。
「おい、開けろ!」
妹の部屋の扉を荒々しく叩く。言葉遣いにも構っていられない。ゆっくり扉が開き、眉根を寄せたソニアが顔を出した。
「一体、何の御用ですか?」
扉を開けた彼女は、ランティウスの腕に抱かれている女性を見て絶句した。
「急ぎ、医師を連れて来るんだ。熱が高い、急いでくれ!」
「は、はい!」
彼の剣幕に押されて、ソニアは慌てふためいて廊下を走って行った。ランティウスは妹を抱えたまま部屋に入り、彼女を寝台の上に横たわらせる。
「ルー……」
横にしたのはいいが、相手は女性だ。いくら妹とは言え、服は着替えさせられない。
「誰か」
「はい」
彼の呼び掛けに二人の侍女が控えから出て来た。
「私は暫く外にいる。その間にルーの着替えを頼む」
「畏まりました」
侍女たちが頭を下げるのも見ずに、彼は部屋から出た。待つこと暫く、部屋の中から侍女が顔を出す。
「どうぞお入りになって下さい」
言われるままに室内に入り、妹の傍らへ歩み寄った。彼女は玉のような汗を額に浮かべ、荒い息をついている。何やらうなされているようだ。
「お兄様……」
「ルー、私はここにいる」
彼女の細い手を握った。既に掌も汗で濡れ、その熱が彼の手に伝わって来る。経験上、かなり危険な熱だ。