開花
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「ならば、犯人を見付け出して……」
「いいえ、お兄様。いらない波風は立てないで欲しいのです。私は無事でしたのですから、一族の間に不和が生じるようなことはして欲しくありませんわ」
「しかし、これは長に対する……」
「私の言うこと、聞いてくれないの?」
上目遣いで兄を見つめる。その少し拗ねたような視線を受けて、ランティウスは怯んでしまった。それで彼の負けである。何を言ってもこの妹には勝てないのだ。
「今回だけだからな。次に同じようなことが起これば、その時には犯人を意地でも見付け出す。私の大事な妹を傷つけるものは、許さん」
熱い決意を胸にたぎらせて、ランティウスは拳を握り締めた。その拳にルーディリートはそっと両手を添える。
「お兄様、無理はなさらないでね。私は貴方が幸せになって下されば、それで幸せですから」
「ルー……」
ランティウスは何かを言いかけて口をつぐんだ。喉元まで出かかった言葉を飲み込んだようだ。ルーディリートは微笑んで兄の顔を見つめている。
「お兄様、あまり長いこと居ますと、怪しまれますわよ。兄妹とは言え、結婚もできるのですから」
「私は……」
「戴冠式の日にでも、答えを出して下さればいいですわ。私は、その日にちゃんと出席しますから」
意地悪っぽく微笑んで、彼女は兄を追い出すようにして部屋の外へ歩かせる。扉を後ろ手に閉めて、もたれかかりながら溜め息を一つ漏らした。
「お兄様、私は……」
「姫様、もうよろしいのですか?」
ソニアが声をかけて来る。どうやら扉の開閉音で、ランティウスが帰ったのを察知したらしい。ルーディリートは慌てて表情を普段の様に作り替えた。
「ソニア、これからソフィア様のところへ参ります。準備をして頂戴」
「姫様、このような時間に……」
「使いの者を送って、それでダメなら行かないから。でも準備だけはするわよ」
「畏まりました」
強情なところは誰に似たのか、彼女の強い意志に押されてソニアは折れた。衣裳棚を開いて、着用する服を選び出す。姫の正装を持ち出して来たソニアに、ルーディリートは満足気に頷いた。その衣裳を着終えた頃、使いに出した侍女が戻って来る。
「ソフィア様は、姫様のご訪問を、待ち望んでおられるご様子でした」
「ありがとう、よく分かったわ」
頭上に髪飾りを着けて、唇にも薄く紅を差した彼女は部屋を出た。後ろをソニア、前を使いに出した侍女に挟まれて、彼女は粛々と廊下を進む。ソフィアの部屋の前で彼女たちは佇まいを直した。それからソニアが扉をノックする。
「ルーディリート、只今参上仕りました」