別れ、そして出会い
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〈別れ、そして出会い〉
地下暦五十八年龍魚の月十日、地下族の居城、セント・クライス城の一室。
「母さま」
銀髪の少女が、寝台の上の女性に呼び掛けた。少女の年の頃は十歳程。
「母さま、眼を開けて」
しかし呼び掛けられた女性はピクリとも動かない。彼女の顔立ちは呼び掛けた少女と似通っていた。母娘とは言え、生き写しとでも言うべき程に。
「リナ!」
慌ただしく部屋の中へ女性が駆け込んで来る。彼女は妹の危篤を聞いて、駆け付けたのだ。瑠璃色の瞳が哀しみに曇る。
「……姉様……」
「フォリーナ、無理をしてはいけません」
起き上がろうとした妹を制止しようとしたが、フォリーナは構わず、上体を起こした。傍らにいる娘に気付き、優しく微笑みかける。
「ルーディリート、そこにいたのですね。あなたには、伝えなければならないことがあります」
彼女は大きく息を吸い込み、吐き出した。その仕草を見ていた姉は、傍らの侍女に耳打ちする。侍女は硬い表情でその場を離れた。
「ルーディリート、あなたは、幸せを願っても、幸せにはなれません。あなたが、本当に愛する方は、あなたが幸せにすることは、けして出来ないのです。その方に、幸せになって欲しいのでしたら、あなたは、その方の、幸せを願うだけになさい。それが、あなたにとっても、あなたの愛する方にとっても、幸せなのですよ」
フォリーナは娘の頭を撫でた。伝えられたルーディリートは内容が理解できずにキョトンとしている。
不意に母は激しく咳き込むと、痙攣するかのようにのたうち回る。
「ルーディリート、こちらへ」
一部始終を見守っていた伯母が、彼女を抱き寄せた。そこへ再び廊下を走る靴音が近づいて来る。
「リナ!」
一人の男性が飛び込んで来た。しかし、彼の目の前で彼女は息を引き取る。
男性は地下族の長で、彼女は妻の一人だ。妻の最期を見て、彼は言葉を失くしていた。
「あなた……」
フォリーナの姉が声をかけなければ、彼はずっと立ちすくんでいたに違いない。ゆっくりと振り返ったことが、そのことを物語る。
「ソフィア……」
「ルーディリートは、私の許で育てます。それでよろしいですね?」
「ああ、構わん。お前の妹の娘だ。私からも頼む」
長から頼むと言われ、彼女は深々と頭を下げた。
幼いルーディリートには状況が理解できていない。
「母さまは?」
「あなたの母は、遠いところへ旅立ちました。ですから本日より私と共に暮らすのですよ」
「でも……」
釈然としなかった彼女は寝台の上に母の姿を求めたが、忙しく立ち動く侍女たちに遮られて見付けられなかった。
「さあ、部屋に行きなさい」
長に促され、彼女たちは部屋から退出する。ルーディリートは伯母に手を引かれて部屋を後にした。その後ろに母に仕えていた侍女たちが続く。
背後で爆発音のようなものを聞いたのは、その直後だった。
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・作中の日付の修正を行いました。