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6-7.

6.

 ねぇ、ちっちゃな王子さま。ぼくはちょっとずつ、君のささやかでメランコリックな人生のこと、わかっていったんだよ。長いこと君は、沈みゆく夕陽の優しさに、寂しい気分を紛らわしていたんだね。ぼくがそのことについて詳しく知ることになるのは、四日目の朝、君がこう言ったときだった。

「ボクね、夕陽が沈むのを見るのがとっても好きなんだ。ねぇ、夕陽を見に行こうよ」

「……でも、待たなくっちゃ」

「待つ、って何を?」

「夕陽だよ。夕陽を待つのさ」

 君は、はじめ、きょとんとした顔になって、それからひとりでに笑い出したんだ。そしてこう言った。

「自分ちにいるみたいに考えちゃったよ!」

 そうなんだ。知っての通り、お日さまは、アメリカで空のてっぺんにある時、フランスでは沈んでる。一分でフランスに飛んでいければ、夕陽を見ることができるってわけ。残念ながら、フランスは遠すぎるけど。

 けれど、君のちっちゃな星の上では、ほんのちょっと椅子を引くだけでいい。たったそれだけで、君が望む限り何度でも、夕暮れを見ることが出来るんだ。

「ある日なんかね、四三回も夕陽を見ちゃったんだ!」

 少し後で君は、こう付け加えた。

「ねぇ……すごくすごく哀しい時って、夕陽が恋しくなるものだよね……」

「じゃあ、その日は四三回分も悲しかったのかい?」

 王子さまは、答えなかったんだ。



7.

 五日目。やっぱり羊のおかげで、ちっちゃな王子さまの生命の秘密が明らかになった。彼は何の前触れもなく唐突に、じっと黙って考え込んでいた問題の答えを、ぼくに求めたのだった。

「羊ってさ、小さな木を食べるんだとしたら、花も食べるの?」

「羊はぶつかったものをなんだって食べちまうのさ」

「トゲがある花でも?」

「ああ。トゲがある花だって同じさ」

「だったらトゲは、いったい何のためにあるの?」

 そんなことは知りやしなかった。ぼくはその時、堅く締まりすぎたエンジンのボルトを外すのにいっぱいいっぱいだった。もしかしてこの故障がひどく深刻なものなんじゃないかと思い始めてた頃だったし、今にも底を尽きそうな飲み水は、ぼくに最悪の事態を想像させてもいた。

「トゲは、何のためにあるの?」

 ちっちゃな王子さまは、一度尋ねた質問を絶対にあきらめない。ぼくはボルトのせいでいらいらしていたから、でたらめに言った。

「トゲなんて、何のためでもないよ。あんなのただの、花の嫌がらせさ!」

「ええっ!」

 彼は少し黙り込んだ後、ぼくに恨みがましい視線を向けてきた。

「信じらんない!

 花たちってのはか弱いんだ。すごくナイーヴなんだよ。きっと彼女たちはできる限り安心したいに違いないんだ。自分たちのトゲでさえ、恐ろしく思っているんだ……」

 ぼくは何も答えなかった。ちょうどその瞬間は、(もしこのボルトがまだ外れないようなら、かなづちで一発ぶん殴ってやるぞ)なんてことを考えていたところだったからだ。するとちっちゃな王子さまは、またしてもぼくの考えをさえぎった。

「なのに君は、君はそんなふうに考えるっての? 花たちが……」

「違う違う! 何にも考えちゃいないよ! ぼくはね、今忙しいんだ。ずっと重要なことで、頭がいっぱいなんだよ!」

 彼は、あきれた顔でぼくを見つめたんだ。

「ずっと重要なことだって?!」

 彼が見たのは、ハンマーを手にして、指を油で汚し、彼にとってひどく醜く見える物体の上に屈み込んでいるぼくだった。

「君の話し方は、まるで大人たちみたいなんだね!」

 その言葉に、ぼくは少し恥ずかしくなった。だけど彼は、手厳しくこう続けたんだ。

「君は何もかも間違えてる……ぜんぶごっちゃにしてるんだ!」

 彼は本当に怒っていた。黄金色のその髪が、ゴウッと逆立つくらいだった。

「ボクの知っている星にね、『赤男』って呼ばれてる人がいたんだ。その人ときたら、花の香りをかいだことも、星を眺めたことも、誰かを愛したこともなかった。足し算以外、何ひとつしたことがなかったんだ。毎日毎日、君みたいに『ああ、私は真面目な人間だ! 私は真面目な人間だ!』ってくり返してはいつも威張り散らしていたんだよ。

 あんなのはね、人間じゃない。あんなのは、キノコだよ!」

「なんだって……?」

「キノコ!」

 ちっちゃな王子さまは今や、怒りのあまり真っ青だった。

「何百万年も前から、花たちはトゲを生やしてる。そしてやっぱり何百万年も前から、羊は花を食べてるんだ。なのに、どうして花たちが大変な思いをしてまで何の役にも立たないトゲを生やし続けているのか、ってことを知ろうとすることが重要なことじゃない、って? 羊と花の戦いなんて大切なことじゃないって言うの? 太っちょ赤男の足し算なんかよりも重要で、大切なことではないって、君はそう思うの?

 もしボクが、ボクがね、世界中でたった一つだけの花を知ってたとするよ。それはボクの星以外のどこにもないものなんだ。それがもしかしたら、ある朝ボクが気づかないうちに、ちっちゃな羊一匹にあっという間に全滅させられちゃうかもしれないってのに、それが、そのことが、大切なことじゃないって?!」

 彼は真っ赤になって続けた。

「誰かが、何百万の星の何百万の花たちの中のたった一つだけの花を愛していたとすると、彼はその何百万もの星を見つめるだけで幸せを感じられるんだ。彼はこう思うんだ。『ああ、このどこかに、私の花があるんだ……』。だけど、もし羊が、その花を食べちゃったとしたら、それは彼にとって、突然、全部の星がパッと消えちゃったみたいなものなんだよ! それでもそれが、大切じゃないって?!」

 もう彼は、それ以上何にも言えなかった。破裂するみたいに、急にワーッと泣き出しちゃったからだ。

 いつの間にか、夜が辺りを包んでいた。

 ぼくは手に持っていた工具を放り捨ててしまった。ハンマーもボルトも、渇きも、死さえもどうでもよかった。ここに、この星に、ぼくの故郷である地球の上に、ちっちゃな王子さまを慰めるということ、ただそれだけがあった。

 ぼくは両腕で、彼を包み込んだ。そしてゆっくりと揺らしてやった。ぼくは彼に語りかけた。

「君が愛している花は、大丈夫だよ……ぼくが君の羊に、口輪を描いてあげるから……そう、君の花には覆いも描いてあげるよ……それから、ぼくが……ぼくが……」

 ぼくはもう、何を言えばいいのかわからなかった。自分がひどくもどかしかった。どうしたら彼の気持ちにたどり着けるのか、共有できるのかがわからなかったんだ……涙の創り出す世界は本当に神秘的なものなんだ。

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